台湾のリコール投票は国民党「全面勝利」 中国の浸透工作進展も 小笠原欣幸・清華大教授

小笠原欣幸・清華大教授(本人提供)

台湾の最大野党、中国国民党の立法委員(国会議員に相当)24人に対する大規模リコール(解職請求)の投開票が26日行われた。中央選挙委員会と台湾メディアの速報によると、いずれの選挙区でも反対票が賛成票を上回り、リコール成立はゼロだった。投票までの経緯やリコール運動の結果が今後の台湾政治に与える影響について、台湾の清華大栄誉講座教授、小笠原欣幸氏に聞いた。取材はオンラインで行った。

--投票結果をどうみるか

今回の罷免投票は国民党の全面的な勝利となった。1月から国民党立法委員のリコールを掲げる市民団体の活動が活発になり、与党・民主進歩党もそれをサポートしてきた。6月上旬ぐらいまで、リコール派が押しているとみていた。

国民党は当初、リコールにはリコールで対抗という方針だったが、有権者の署名集めに失敗し、党中央の指導不足もあり、かなり悪い流れが来ていた。しかし同党の立法委員は自らの後援会を動員し、リコール反対の小規模説明会を開催して徐々に態勢を立て直してきた。

頼清徳総統が6月下旬から、「国家の団結」を目指す全10回の講演を始めたが、「野党は濾過(ろか)されるべき不純物」と受け取られる発言があり野党支持者の怒りをかった。それまでたたかれる一方であった国民党側からすると「頼政権の好きなようにさせてはならない」と格好の反撃目標ができた。

投票結果からみると、ここがターニングポイントになった。終盤は各選挙区で国民党側が巻き返した一方、罷免支持派の活動は上滑りしたという状況だ。

--もともとの勝敗ラインは

リコール派は最低でも6人、できれば10人の解職にこぎつけたいと考えていた。そうでなければ(リコール成立後、3カ月以内に行われる)補欠選挙が非常に苦しくなる。解職がゼロに終わったことで補欠選挙もなくなった。リコール派の全面的敗北だ。8月23日にも国民党の立法委員7人に対するリコール投票があるが、いずれも署名集めの段階で苦戦しておりリコール成立の可能性は高くない。

--有権者の動向のポイントは

現在の台湾世論は頼総統の支持と不支持、与野党の支持率が拮抗(きっこう)する「M字型」の二極化構造が強まっている。今回はM字型のどちらの山がより多く実際に投票に行くかで決まる構図だった。

活動の現場をみると、リコール推進派の方が熱があり、投票にいく割合も高いとみえた。一方、去年1月の選挙結果をリコールという形で覆すのはおかしいという疑問も、かなりの有権者の心の中にある。こうした疑問を持つ人たちが投票に出てくるのかどうか最後まで不確実であった。国民党はそこを掘り起こし、不同意票を積み上げることに成功した。

--今回の罷免投票の争点は何だったのか

国民党側は、もし自分たちが解職されて民進党が立法院で過半数を得たら、監督機能を失って民進党の横暴が強まると主張してきた。

国民党と(第2野党の)台湾民衆党の支持者は、はっきり独裁という用語を使って頼政権を批判している。海外からみると、民主主義が保障されている台湾で独裁という言葉を安易に使っていいのかという疑問はあるが、野党支持者の間では民進党政権が横暴になり、司法権力も使って反対派を抑圧し、独裁化しているという主張が広がっている。

--運動の勝敗は今後の台湾政治にどう影響するのか

リコール投票を行った選挙区の数は24とかなり多く、〝ミニ立法院選挙〟のような意味を持つ。

リコール推進派が掲げる争点は2つ。立法院での野党の行動は民主主義の制度を壊しているのでそれを正すことと、「親中派」の立法委員をいま罷免しなければ台湾は終わってしまうという危機感だ。そうした争点を立ててしまったので、結果がリコール派の敗北となれば、台湾の有権者がそれを認めなかったということになり、影響は相当大きく出てくる。頼政権には非常に厳しい展開になることは間違いない。

リコールがゼロに終わった結果に対しては、「国民党の立法委員は親中派」という主張は有権者の多数に否定されたという解釈にならざるを得ない。リコールが失敗しても元に戻るだけという見方もあるが、私はそうならないとみている。

台湾政治において(2014年の)ヒマワリ学生運動以降10年間続いた民進党優位の時代が終わったことを示したのが去年の総統選と立法委員選だった。(民衆党創設者の)柯文哲氏の台頭によって民進党の優位が崩された。その後の世論調査をみていると、立法院の闘争を巡る世論の支持は五分五分だった。

与野党の主張はどちらも圧倒的優位になることなく今回のリコール運動に入った。この結果は、民進党優位の時代が終わっていることを改めて確認したといえる。来年の統一地方選や2028年の次期総統選に、いろんな影響を与えていくのは当然だ。

ただ、民進党優位の時代が終わったといっても、台湾の主体性を重視する「台湾アイデンティティー」は変わっていない。長期的な調査を続けている政治大学の最新の世論調査をみても、台湾人という自己認識、現状維持の世論の構造は変わっていない。変わったのは与野党の勢力比が五分五分になったことだ。

--台湾の若者は何を考えているのか

民進党の優位が失われた背景には、1つの政党に長く政権を委ねると危険であるという台湾の民主主義の理念がある。(蔡英文前政権の)8年は台湾においては非常に長い時間だ。

いま民進党批判を強烈に展開しているのは若者層だ。彼らは中国アイデンティティーに転じたのかというと全くそうではなく、統一はお断りという立場。しかし民進党が「抗中保台(中国に対抗し台湾を守る)」という錦の御旗を掲げて主導権を握り台湾政治を自分たちに有利にしようとしているという疑問を抱いている。

柯氏を支持する若者たちの間では、不安定な雇用や賃金の伸び悩み、マンション価格高騰といった若者の切実な期待に民進党政権が応えていないという不満が渦巻いている。彼らの間では、「自分たちは統一を望んでいないが、中国との対話は必要だと思っている。中国がすぐに攻め込んでくるとも思わない。民進党政権が対中強硬姿勢だから緊張状況になるのだ」という主張も広がっている。

他方で、中国の圧力には屈しないという頼政権の姿勢を支持する若者も多く存在する。若者の間でも分断が進んでいる。

これまで民進党が掲げてきた「抗中保台」の路線が今回のリコール投票で否定される形になった。中国からすると非常にやりやすい局面になってきた。中国共産党の台湾浸透工作がさらに進む可能性がある。(聞き手 西見由章)

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