国葬のわずか2日後に...。ノルウェーのアストリッド王女が死去、「世界最高齢」の現役ロイヤルが息を引き取る(Harper’s BAZAAR(ハーパーズ バザー))
ノルウェー王室は現地時間9月11日(金)、アストリッド王女が死去したことを発表した。公の場に最後に姿を見せたのは、9月9日(水)に行われた弟のハーラル5世国王の国葬だった。 【写真】若々しいアストリッド王女。世界最高齢のロイヤル 王室は声明の中で、「国王陛下は、アストリッド王女の訃報を大きな悲しみとともに受け取られた。王女は本日、9月11日金曜日、94歳で安らかに息を引き取られた」と述べた。 正式の発表文とともに、子どもたちと家族一同からのパーソナルな声明文も発表した。「親愛なる母へ、親愛なるアストリッド王女へ。私たちにとって最高の母であってくれたことに感謝します。生涯を通じて、愛と知恵、温かさと豊かなユーモアをもって、常に私たちのそばにいてくれました。祖父のオーラヴ国王、そして叔父のハーラル国王のためにも、忠実かつ誠実に尽力されました。さらに、より手厚いケアを必要とする人々に対して、常に真心のこもった関心を示されました。深い悲しみの中、私たちは感謝の気持ちをひとつにしております。すべての素晴らしき思い出に感謝します。王女は常に私たちの心の中で大きな存在であり続けます」。 声明には、子どものカトリーヌ、ベネディクテ、アレクサンダー、エリザベス、カール=クリスチャン・ファーナーと、その家族一同の署名が添えられていた。
アストリッドの甥にあたるホーコン8世国王も、亡き叔母への哀悼の意を表した。「長きにわたる生涯を通じ、叔母は温かく誠実な態度で王室を代表してくれました。22歳のとき、祖母であるマールタ皇太子妃が亡くなったことで、ファーストレディの役割を引き継がざるを得なくなりました。活動において、アストリッド王女は常に社会で最も弱い立場にある人々へのケアと包摂に深い関心を寄せておりました。非常に忠実で、情熱と存在感、そして周囲を惹きつける精神をもって責任を果たし続けました」と記している。 さらに、「叔母は、ハーラル国王と私たち家族全員にとって重要な支えでした。私たちは彼女から多くを学び、彼女は自身の意見を伝えることを恐れませんでした。彼女の死は私たちにとって大きな損失です。会えなくなるのを寂しく思います。私と家族は、アストリッド王女の最も親しい人々へ温かい思いを送ります」と続けた。 現地メディア『Se og Hør』によると、アストリッド王女は「しばらくの間、体調を崩していた」ため、3月27日に入院していた。肺炎からは回復したものの、5月に心不全のため再入院し、一時的にペースメーカーを装着する手術を受けた。夏の間に入院生活を終えて退院していた。 国葬に先立ち、アストリッドの姿が目撃されたのは5月初旬のことだった。彼女は世界で最も高齢で公務を行っていた王族のひとりだった。また、弟のハーラル国王が亡くなる前、病院にお見舞いに訪れる様子も捉えられていた。 93歳の誕生日に際して行われたインタビューで、彼女は「誰かの役に立てるというのは楽しく、嬉しいこと。椅子に座ったりはしているけれど、衰えているのは足であって頭ではありません。だから物事も覚えているし、関わり続けることができます」と語っていた。 1930年に生まれたアストリッド王女は、後のオーラヴ5世国王とマールタ皇太子妃の間に誕生した。9歳のとき、ドイツ軍がノルウェーに侵攻し、王室一家はオスロから避難した。マールタ皇太子妃と子どもたちはスウェーデンへ逃れ、その後フランクリン・D・ルーズベルト大統領の招きでアメリカへと渡った。アストリッド王女はワシントンD.C.の郊外で続く5年間を過ごし、1945年にノルウェーへと帰国した。 1961年にヨハン・マーティン・ファーナーと結婚し、カトリーヌ(1962年生)、ベネディクテ(1963年生)、アレクサンダー(1965年生)、エリザベス(1969年生)、カール=クリスチャン(1972年生)の5人の子どもに恵まれた。夫は2015年1月に他界したが、5人の子どもたちをはじめ、多くの孫やひ孫に恵まれている。 ノルウェー王室の公式サイトにある公式プロフィールによると、彼女は熱心なスポーツファンであり、保護犬の支援者でもある。「アストリッド王女が愛犬のウィルマなしで姿を現すことはめったにない。幼少期から犬は彼女の人生の大切な一部であり、2歳の誕生日に両親から最初の犬を贈られている」