《熊と闘う愛犬を助けるために鉄製フロアジャッキで応戦》秋田犬とともに撃退した男性の”壮絶な死闘の記憶”「クマが横揺れしながら突進してきた」「敷地内には黒ずんだ血飛沫」(NEWSポストセブン)

 しかしそんななか、果敢にもクマと戦い生き残った秋田犬と飼い主がいる。宮城県栗原市に住む高橋光太郎さん(41)と秋田犬の「テツ」だ。【前後編の後編。前編から読む】  10月19日深夜、高橋さんが自宅のリビングで娘と一緒にテレビを眺めていると、鉄雲(テツ)の異常な鳴き声が響いた。外を確認しに行くと、クマが一目散に突進してきたのは前編で報じた通りだ。閉めた玄関扉の向こうからは、クマが体重をかけて圧迫を加えてくるのがわかったというが、高橋さんは必死にドアを抑えた。  クマの圧がなくなったと思ったら、再びテツの鳴き声が外から聞こえ始めた。大事な家族の一員であるテツをクマから守らなければ。そう意を決して外に出たという。「テツ!」と呼ぶと、血をダラダラと流したテツが走ってきた。 「生きていた」  そうほっとしたのも束の間、暗闇のなかからクマの唸り声が聞こえてくる。電気をつけると興奮したクマが敷地内にあった小屋の周りをぐるぐる走り回っていた。  近くに武器になるものはないかと見回すと、車を持ち上げる「フロアジャッキ」があり、その柄の部分を手に取った。高橋さんはクマに向かって大声を出して威嚇したというが、クマは怯むことなく、横揺れしながら真っ直ぐに高橋さんのもとに突進してきた。

「無傷では済まないかもしれないと思いましたが、自分がやるしかないという思いでした。私は鉄製のジャッキの柄を思い切り振り上げて、クマに叩きつけました。頭を狙ったのですが、揺れながら来るからズレてクマの左肩にぶつかった。タイヤのような鈍い感触で……。人間なら骨が砕けてかなりのダメージになるかと思いますが、クマはうめき声一つあげなかった」  しかし流石に驚いたのか、クマはそのまま逃げるようにいなくなったという。あたりにはテツとクマが死闘を繰り広げたとみられる黒ずんだ血飛沫が、敷地内のあちこちに飛び散っていたと言う。 「テツは強かった。自分よりも大きなクマを相手に怪我をしながらも、家族のために戦ってくれました。テツかクマかは分かりませんが、車にはどちらかが叩きつけられたような血の塊がこびりついていたんです。激しい戦いだったんだと思います。本当に大事に至らなくてよかったです」  その後、娘と妻が通報した警察が現場に到着した。 「警察が到着して『もう大丈夫だ』と思ってから初めて、安堵から足がガクガク震えました。私自身、スポーツを本格的にやって怪我にも慣れていたし、総合格闘技の経験もあるんです。それでもかなり興奮していたのか、記憶は写真みたいな静止画で断片的に残っています。結果的に無事だったから言えることでもありますが、もし私が外に出ずに、テツが命を落としていたら、家族全員が一生後悔していたと思います」  怪我をしたテツを労りながら、朝方まで寝られずに家族全員で過ごした。


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「テツの背中にはクマの爪がいくつか刺さり、穴が空いたようになっていて流血していました。引っ掻かれたというより刺さったという感じでした。運よく命に別条はなく、今ではこのように落ち着いています。  全く吠えたり怒ったりしない穏やかな犬なので、あんなクマと戦えたことに『やっぱりテツって強いんだな』と心強い気持ちです。そして家族を守るために戦ってくれたのだろうと思うと、感謝の気持ちでいっぱいです」  高橋さん宅を襲撃したクマの行方はその後もわかっていない。 「この地域ではこれまでクマが出たと言う前例は全くなかったんです。周囲には、ペットを飼われている方もいます。ペットたちの多くはクマに対抗なんてできないでしょう。自宅にクマが出るというのは、本当に恐ろしいことです」  実際にクマと対峙した経験を経て、今の日本の状況についてどう考えているのだろうか。 「もちろんクマの命も大事ですが、人間と動物の住み分けのバランスが崩れている以上、何か行政が手を打つべきだとは思いますね。鈴や爆竹といったよく行われるクマ除け対策も、クマ自体が慣れてきているのかと思いますし……」  高橋さんの自宅の敷地内には、当時の出来事を想起させる今も消えない血痕が複数残っていた。

NEWSポストセブン

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