世界的に「お金がないと幸せになれない」現象が加速中…そんな中で"日本だけが例外"の納得の理由 物質的な豊かさを重視するか、精神的な豊かさを重視するか
年収と幸福度の関係はどうなっているのか。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「経済学や心理学の分野でお金と幸福度の研究が進んでいる。最近の研究では、先進国でお金がないと幸せになれない傾向が強くなっていることがわかった」という――。
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「お金で幸せは買えるのか」この問いは、資本主義社会で生きる私たちにとって非常に興味深いものです。
現代社会ではお金があれば、何でも手に入れることができます。欲しかった服や靴、豪華な食事、広い家を好きなように買うことができれば、高い満足感を得ることができるでしょう。また、他人とは違う高級品を身に着けることができれば、優越感も得ることができます。このようにお金は物質的な豊かさにつながり、幸福度を高めてくれます。
お金と幸せの関係については心理学者や経済学者も関心を持ち、これまで精力的に分析を続けてきました。その結果、①お金があれば幸せになれるのか、②もしそうならば、どの程度のお金があればいいのか、③お金と幸せの関係は昔に比べて強くなっているのか、それとも弱くなっているのか、という点がクリアになってきました。
今回はこれら「お金と幸せの関係」について詳しく見ていきたいと思います。
お金があれば幸せになれる
まず、「お金があれば幸せになれるのか」という点ですが、答えはYesです。
これまでの研究の結果、所得が上がることで徐々に幸せの水準も上がっていくことがわかっています。お金があれば、衣食住だけでなく、自分の健康や子どもの教育にも投資できます。これらが相まって私たちの幸福度を高めてくれるわけです。
ちなみに、この所得と幸せの関係は国レベルで比較した場合でも当てはまります。国の経済規模を測るGDPで比較した場合、経済的に豊かな国に住む人々ほど、幸福度の水準が高くなっているのです。
例えば、0から10の11段階で幸福度を測った場合、アメリカ、西ヨーロッパ、日本、オーストラリア、サウジアラビアに住む人々の値は7.5~8.5になりますが、サハラ以南のアフリカ、ハイチ、カンボジア等に住む人々の値は3.1~4.5となっていました(*1)。
この結果から、世界第4位の経済大国に住む私たちは、全世界の中で見ると、相対的に幸せだと言えるでしょう。
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分析を行ったのはシカゴ大学の大石繁宏教授らです。大石教授は高名な日本人心理学者で、2022年に「お金と幸せの関係は昔に比べて強くなってきているのか、それとも弱くなってきているのか」という点を分析しました(*4)。
この分析の結果、アメリカでは直近の50年間で、お金と幸せの関係はさらに強まっていることがわかりました。
お金があり、経済的に豊かな人ほど幸せをより実感し、逆にお金がない人は幸せをより実感しづらい社会になってきているのです。
経済的に豊かになれば、物質的な豊かさよりも、精神面や心の豊かさを求めるようになるのかと思えばそうではなく、さらに物質的な豊かさを求めるようになったと言えるでしょう。
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富を求める貪欲さが強まっている
アメリカでは、「富を求める貪欲さ」がさらに影響力を増しています。
おそらく、この背景にはインターネットを介したSNSの影響もあるでしょう。私たち人間は社会的な動物であり、自分と他人を比較することをやめることができません。SNSは、この他者との比較の影響を強める機能があると言えます。このSNSによって経済的な豊かさが誇示され、それを求めて人々がさらに競争し、豊かさを求めていくわけです。
なお、アメリカは先進国の中でも所得格差が大きく、その格差も徐々に拡大する傾向があります。所得格差の拡大は、お金を持つ人と持たない人の分断を生み、幸福度の格差につながってしまいます。経済大国であるアメリカにはさまざまなチャンスがある反面、所得格差も大きく、お金の有無によって幸せが大きく影響を受けるため、なかなか生きづらい社会だと言えるでしょう。
ちなみに、お金と幸せの関係が強くなる傾向は、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、ポルトガルといったヨーロッパ諸国でも確認できています。
世界の先進国において、お金や物質的な豊かさが幸せへの影響力をさらに強めていると言えます。
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続いて「どの程度のお金があれば幸せになるのか」という点ですが、これまでは「だいたい800万円稼げるようになれば、幸福度が最も高い水準に到達する」と言われてきました。
これはプリンストン大学のダニエル・カーネマン名誉教授(2024年に死去)と、同じくプリンストン大学のアンガス・ディートン教授の2010年の研究結果に基づいています(*2)。この二人はそれぞれノーベル経済学賞を受賞しており、権威ある二人の研究結果として注目を集めました。
彼らの研究では、ギャラップ社が実施する1000人の米国居住者を対象とした調査を用い、年収と幸福度の関係を分析しています。この結果、「年収とともに幸福度も上昇するが、年収が6万~9万ドルに到達すると、それ以上年収が上がっても幸福度に変化がない」ことがわかりました。
この結果から、カーネマン名誉教授らは、「幸せになるには7.5万ドル(6万ドルと9万ドルの中間の値)まで稼げばいい」と指摘し、その後の研究に大きな影響をもたらしました。
7.5万ドルというと、当時の為替レートでは約800万円です。年収が800万円というと確かに十分に稼いでいるというイメージがあり、納得感があります。
しかし、この研究結果は後に覆されることになります。
年収が高ければ高いほど幸福度は伸び続ける
カーネマン名誉教授とディートン教授の研究から13年後の2023年、カーネマン名誉教授はペンシルバニア大学ウォートンスクールのマシュー・キリングスワース上級研究員とペンシルバニア大学のバーバラ・メラーズ教授とともに、新たな研究を発表しました(*3)。ちなみに使用したデータは3万3391人の働く米国居住者を対象としたデータです。
この研究でも年収と幸福度の関係に注目しているのですが、以前とは違った結論となりました。
その結論を端的に言えば、「年収が7.5万ドル以上になっても、幸福度は伸び続ける」というものです。
より正確には、幸福度が低いグループと幸福度が高いグループに分けて分析した結果、幸福度が低いグループでは、年収と幸福度の関係がある一定で頭打ちになりますが、幸福度が高いグループでは、年収の増加とともに幸福度の上昇傾向がさらに強まる、という結果でした。興味深いことに、幸福度が高いグループでは、年収が10万ドル(現在の為替レートでは約1500万円)以上になると、幸福度の伸びがさらに強くなったのです。
このように「お金があればあるほど、さらに幸せになる」という関係が研究で指摘されていますが、これを補強する研究も最近出てきました。
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大石教授らは日本についても分析を行っているのですが、意外にも日本では所得と幸福度の関係が直近の約30年間で変化していませんでした。
これはなぜなのでしょうか。おそらく、背景には急速に進む高齢化が影響していると考えられます。
内閣府が実施している『国民生活に関する世論調査』では「あなたは、今後の生活において、心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたいと思いますか。それとも物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたいと思いますか。」という質問を行っています。この結果を見ると、高齢者層ほど「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と回答する割合が高くなっていました(図表1)。
これは1970年代から見られる傾向です。そして、近年になるほど強くなってきています。日本では高齢者が増え、その高齢者が物質的な豊かさよりも、心の豊かさを重視しており、これがお金と幸福度の関係が強くならない背景にあるのではないでしょうか。
日本では今後お金と幸せの関係がどう変化していくのか
日本ではお金と幸せの関係が強くなっておらず、アメリカと比較すると幸せを実感しやすい社会と言えるのかもしれません。
しかし、日本では物価の高騰によって実質賃金が直近の3年間で低下しており、暮らしの面では厳しい環境に直面しています。さらに、高齢化や人口減少による経済成長の伸び悩みもあり、今ある経済的な豊かさを今後も維持できるかは不透明です。
このような環境下で日本におけるお金と幸せの関係がどう変化していくのかは、今後注視していく必要があるでしょう。
〈参考文献〉 (*1) Deaton, A. (2008). Income, health, and well-being around the world: evidence from the Gallup World Poll. The journal of economic perspectives: a journal of the American Economic Association, 22(2), 53–72. (*2) Kahneman, D., & Deaton, A. (2010). High income improves evaluation of life but not emotional well-being. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Sep 21, 107(38), 16489-93. (*3) Killingsworth, M. A., Kahneman, D., & Mellers, B. (2023) Income and emotional well-being: A conflict resolved. Proc Natl Acad Sci U S A. 2023 Mar 7, 120(10), e2208661120 (*4) Oishi, S., Cha, Y., Komiya, A., & Ono, H. (2022). Money and happiness: the income-happiness correlation is higher when income inequality is higher. PNAS nexus, 1(5), pgac224.