変わる「テスラ」ブランド-マスク氏の政治活動で損なわれる存在価値

何かを売るには、大きく2つのステップがある。まず製品を作り、それからその製品を購入してもらうよう、人々を説得する方法を見つけるのだ。

  売り込みは特に単純明快なものだ。ある装置が必要とされている時に、他社よりも低コストでその装置を生産する方法を発明したとしよう。だが多くの場合、そこからさらに物語を紡ぎ出さなくてはならない。

  消費者は、ほぼ同じような目的を持つ、ほぼ同じような製品の売り込みを常に受けている。消費者の関心を引くためには、通常、人々が望むものや必要なものだけでなく、人々がどう感じたいかにも対応する必要がある。単に基本的な機能だけを提供する製品より、人々が自分自身を賢く、裕福に、反抗的に、あるいは高潔に演出できる機能を備えた製品の方が、より価値がある。飽和状態の消費者市場では、製品には「雰囲気」が必要となる。これが、多かれ少なかれ「ブランディング」の意味するところだ。

  これを念頭に置き、雰囲気の変化とでも言えそうな状況の真っただ中にいるテスラについて、考えてみる。同社は、米国の電気自動車(EV)市場を構成する中道左派の自動車購入者層の間で、長く大きな優位性を保ってきた。

  その理由はまず、同社が小回りのきく魅力的なEVの分野でほぼ唯一の企業であったからであり、さらに、競争相手が増えても、テスラ車はすでに特定の富裕層や進歩的な人々のステータスシンボルとなっていたからだ。最近まで、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、気候変動と戦う大胆不敵な革新者として自らと自社をブランディングしていた。

  テスラの顔として常にメディアに登場していたマスク氏は、投資家や自動車購入者にとって、同社の主要な価値提案のひとつだったが、最近は、そうではなくなってきた。同氏が行動を極右的な方向に振り向けたことで、テスラの位置づけは、ほぼ全ての顧客基盤と敵対するものになってしまった。

「この車を買った時は、イーロン・マスク氏がおかしいとは知らなかった」とするステッカーを付けたテスラ車(3月12日、米カリフォルニア州で)

  メッセージはすでに発せられている。テスラの「サイバートラック」の所有者は、スプレーペイントや犬のふんで、自分の車にいたずらをされた。テスラのより控えめなモデルの所有者らは、マスクの政治的信条を知る前に購入したことを明らかにするべく、バンパーステッカーやマグネットを車に貼るようになった。テスラのショールームや充電施設は、全米で起きている抗議活動「テスラ・テークダウン」の標的となり、同社の車や施設に対する放火の疑いがある事件も複数報告されている。

  今年に入り、テスラの新車販売台数、登録台数は世界中で落ち込んでいる。販売台数は、欧州で1月に45%減少、オーストラリアで前年比70%減(推計・電気自動車評議会による)となり、中国では2月も国内産テスラの出荷台数が49%急落した。

  ここまで自社ブランドを自爆させた例はほぼない。ツイッター(現X)の買収が正式に決まった際、マスク氏がバスルームのシンクを同社のオフィスに持ち込んだことを、覚えているだろうか。同氏が、シンボルを扱うのにたけていないことは、ずいぶん前から明らかだ。マスク氏はテスラのブランドの象徴的な価値を完全に誤解しているか、または少なくとも、その価値を損なうことなく、本質を変えることができると自身の能力を過信しているように見える。

反マスク氏の抗議活動中、テスラのショールームの外に立つ警察官(3月13日、米ニューヨークで)

  テスラの株価は昨年12月に過去最高値の480ドル近くまで急騰したが、その理由の一つとして、投資家たちが、トランプ米大統領とマスク氏の親密な関係が、同氏の事業に有利に働くと期待したことが挙げられる。政府から直接資金援助を受けられるのに、マスク氏は顧客の感情を気にする必要があるだろうか。

  少なくとも、その答えはイエスである可能性が高いようだ。テスラの株価はほぼ半額に下落し、マスク氏の純資産は1500億ドル(約22兆3900億円)以上目減りした。

  イデオロギー的な取り組みがテスラの業績に悪影響を及ぼしている今、マスク氏は、テスラの新たなブランディングを成功させることができるのか、不安を抱えているようだ。先週同社の株価が急落した際、マスク氏はホワイトハウスの外でのイベントで、自社車の宣伝にトランプ氏を起用した。このイベントでトランプ氏は、信頼の証しとして定価でテスラ車1台を購入すると宣言し、テスラに対する破壊行為をテロ行為として分類するつもりだと述べた。奇妙であると同時に、絶望的にもみえる光景だった。

ホワイトハウスの外で行われたイベントに、マスク氏とトランプ大統領がテスラ車と共に登場した(3月11日)

  ブランドは常に新しい顧客層を開拓しようとするが、通常は意識的にターゲット市場を見つけ、その市場に働きかけることで行うものだ。新しい購買層の間で、特定の需要を喚起できる可能性があるという何らかの証拠を収集した上で取り組みを始める。例えば、ソーダブランドが健康的な飲料を発売したり、ルイ・ヴィトンが最近、化粧品のラインを導入する計画を発表したりするのはそのためだ。こうした企業は、一般の人々の間に築き上げられたブランド価値の一部を、慎重に取り組めば新しい製品に転用できることを知っている。意味は変わらないが、新しい器に収めるのだ。 

  マスク氏がテスラでやろうとしていることは、意識しているかどうかは別として、こうした動きとは異なる。車は同じだが、彼はその意味を、ごく限られた聴衆、つまり自分自身を満足させるように変えてしまったのだ。

原題:Elon Musk’s Tesla Bet on MAGA Customers Will Fail(抜粋)

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