マンション駐車場から「締め出し」予告は「違法」、賃料増額めぐり大家と住人トラブル…東京地裁
東京の賃貸マンションで、部屋と機械式駐車場を借りていた夫婦に対して、大家が「賃料が相場より安い」などとして数万円の賃料増額を求め、さらに駐車場の契約解約と暗証番号の変更を予告した。
これらのやりとりをめぐり、双方が相手を訴える事態となった。
今年11月に東京地裁が言い渡した判決は、大家側の請求は棄却し、借り主である夫婦の主張を認めるものとなった。
夫婦の妻と代理人弁護士が12月3日、東京・霞が関で記者会見を開き「賃料増額を求める交渉で、駐車場の解約を増額の交渉材料にするケースもあるが、今回のような実力行使で駐車場を使えなくするようなやり方は他に聞いたことがない」などとして、こうした手法に歯止めをかけることになればと呼びかけた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●紛争の経緯
訴訟に至るまでの経緯は少し複雑だ。
判決文によると、夫婦(50代の夫と30代の妻)は2020年7月、都心にあるマンションの一室と機械式駐車場の賃貸借契約を結んだ。
賃料は月額16万3000円(駐車場料金込み)。2022年7月の初回更新時も、賃料は据え置かれた。
しかし2024年の春頃から、賃料の値上げをめぐってトラブルが発生し、実力行使(自力救済)を示唆する通知や仮処分申立てを経て、最終的に双方が訴訟に踏み切った。
●増額を求める通知が届いた
2024年6月、大家は2回目の更新にあたって、家賃を4万1000円引き上げる(当初の提示額は総額20万4000円/約25.1%増)意向を示した。
物価や地価の上昇のほか、「担当者の業務不慣れにより当初の家賃が相場と比較して安すぎた」といった理由が根拠とされた。
折り合いがつかなかったため、賃貸借契約は更新しつつ、賃料については「暫定的に月額18万8000円とするが、裁判所の結論が出たらその額に従う」という合意を交わした。
ところが、今年2月、大家側は駐車場の月額賃料の5500円値上げを通知した。その後、大家は同意(夫婦側の主張では「同意していない」)を得ないまま、同年4月・5月分の増額分計1万1000円を口座から引き落とした。
●対立の形が進み、駐車場解約と暗証番号変更を予告
賃料交渉と並行して、大家から夫婦への働きかけが強まっていった。
大家は今年5月27日、夫婦に「6月27日の駐車場契約の解約」を通知した。
「この日をもって暗証番号が変わり、内部に貴殿の自動車の有無にかかわらず、閉じ込められてしまうので、同日以降は物を置かないで」としたうえで、駐車場代3万8500円をさかのぼって支払えば、この強制作業を中止するとも告げた。
会見に出席した妻
この通知の3日後、夫婦は「駐車場の利用妨害禁止」を求める仮処分を申し立て、東京地裁は6月19日、妨害禁止を命じる仮処分を決定した。
●「暗証番号変更」vs「借主による法的対抗」
このようなトラブルを通じて、双方が互いを訴えた。
まず、大家は、賃料が安すぎるとして賃料増額を求め、2024年7月15日以降の月額賃料(計約24万円)や増額分との差額の支払いなどを求めた。
一方、夫婦は、増額請求に「合意した賃料を超える増額事由はない」として争う姿勢をみせつつ、大家による駐車料金の無断引き落としの返還や、一方的な契約解除通知が不法行為にあたるとして、損害賠償を求める反訴を提起した。
●東京地裁「暗証番号変更予告は不法行為にあたる」
東京地裁は11月27日、大家側が求めた賃料増額請求について、夫婦が応じた18万8000円を超えて賃料を増額する理由は認められないとして、大家側の請求を棄却した。
また、夫婦が駐車場の賃料増額に同意したとも認められないとして、管理会社が無断で引き落とした1万1000円の返還を大家に命じた。
さらに、駐車場の賃貸借契約を解約するとして、暗証番号を変えることを予告したことは、法的手続きによらずに実力で夫婦の駐車場の占有や使用を排除するものとして、不法行為の成立を認めた。
そのうえで、駐車場の妨害禁止の仮処分命令などにかかる弁護士費用にあたる計12万円の支払いを大家側に命じた。一方、夫婦側が求めていた精神的苦痛に対する慰謝料の支払いは認めなかった。
「駐車場の賃貸借契約を解約したとして、解約日に暗証番号を変える旨を被告に予告する本件通知を送付しているところ、このように法的手続を経ることなく実力で被告の本件駐車場の占有・使用を排除しようとすることは、違法に被告の権利・利益を侵害するものとして不法行為が成立することは明らか」(判決文)
●夫婦側の代理人「強引なやりかたに歯止めをかける判決だ」
妻と代理人が12月3日、東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開いた。
代理人の秋山直人弁護士によると、今回の値上げ通知でも主張されたように、地価上昇を理由として急激な賃料増額を求められるケースが増えているという。
秋山弁護士によれば、賃貸マンションであれば、簡単に借主を追い出すことはできないが、借地借家法の適用がないとされる駐車場の賃貸借契約の解約を「部屋の賃料増額の交渉」に使うケースもみられるそうだ。
「今回の事案は、駐車場の解約にとどまらず、あと1カ月で機械式駐車場の暗証番号を変えるので、車両を撤去しなければ閉じ込められ、車を使うことができなくなると、実力行使を予告したものです。
地価や物価上昇で賃料を上げたい気持ちはわかりますが、裁判所は、こうした自力救済の予告を不法行為と認めました。損害賠償が命じられたことは、このような賃貸人の強引なやりかたに歯止めをかけるものとして重要な意義があると考えます」
●妻「恐怖を感じていた。不法行為と認められて安堵している」
妻は会見で「裁判所の相手方の不法行為が認められたことに安堵しています。たび重なる賃料増額の要求や、駐車場を強制的に使えなくするという連絡があり、恐怖を感じていたので、このような結果を得ていただけたことに感謝しております」と語った。
「初回の家賃増額については、たしかに物価上昇の背景もあり、応じられる範囲で飲みました。しかし、駐車場の件などは個人的に対応できる範囲にはなく、弁護士にお願いしようと夫婦間の話し合いで決めました」(妻)
交渉を通じて、夫婦はこの物件に住み続けることをやめた。「いやだったのでこちらから解約してしまった」(妻)というが、「それはある意味で、相手の思う壺かもしれない」ともいう。
大家側から届いたメールなどによると、同じマンションのほかの住人たちは、同じ賃料増額要求に合意したという。
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