日本の会社員が発見、数学界を賑わせた「新図形」とは? 論文も5日間で執筆、arXivにも掲載:Innovative Tech(1/2 ページ)

このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

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 6月、1本の論文がarXiv(物理学や数学などの論文プレプリントサーバ)に公開された。タイトルは「A Family of Non-Periodic Tilings, Describable Using Elementary Tools and Exhibiting a New Kind of Structural Regularity」。著者のMiki Imura氏(以下、Imura氏)は、学術機関に所属する研究者ではなく、普通の会社員だ。

 Imura氏は趣味でプログラミングを使ったタイリングパターンの生成を楽しんでいた。Facebookには「Mathematical Tiling and Tessellation」(数学的タイリングと平面充填)という12万人以上のメンバーを擁する専門的なコミュニティーがあり、そこに自作のパターンを投稿していたという。

 そんな中、5月末に投稿したあるパターンがコミュニティーで話題に。6700件以上のリアクションと400件を超えるコメントを集め、Reddit(海外の大規模掲示板サイト)の数学板「r/math」でもトップに表示される状況がひと月近く続いた。

当時バズったタイリングパターン(「普通の会社員が新しい図形を発見したのでハンガリーのポスドクの助けを借りてarXivに論文を投稿した話」から引用

 このタイリングパターンの数学的背景を解説してほしいというコメントがある中、Imura氏は自身の発見をきちんとした形で残したいと考え、arXivへの投稿を決意した。ハンガリーでポスドク研究をしている数学者の協力を得て、有給休暇を活用しながら約5日間で論文を書き上げた。

 論文の内容に入る前に、「数学的タイリング」という分野について簡単に説明しておこう。

 私たちの身の回りにはタイル張りの床や壁がある。正方形のタイルを格子状に並べたり、正六角形を蜂の巣のように配置したり、これらは全て平面を隙間なく、重なりなく敷き詰めるという行為の例だ。数学的タイリングとは、この敷き詰めを数学的に研究する分野だ。

 タイリングには大きく分けて「周期的」なものと「非周期的」なものがある。正方形や正六角形による敷き詰めは周期的なもので、パターン全体を一定方向にずらすしても、元と完全に重なる。一方、非周期的なタイリングは、どのようにずらしても元のパターンと完全には一致しない。

 非周期的タイリングの代表例として、1970年代にイギリスの数学者ロジャー・ペンローズが考案した「ペンローズ・タイル」がある。2種類の菱形を組み合わせることで、決して繰り返さないパターンを無限に生み出すことができる。

菱形を用いたペンローズタイリング(Wikipediaから引用

 タイリング研究において長年の懸案だったのが「アインシュタイン問題」だ。これは物理学者のアインシュタインとは無関係で、ドイツ語の「ein stein」(1枚の石=タイル)に由来する名称だ。

 問題の内容は「たった1種類の図形だけで平面を敷き詰められ、かつどのように敷き詰めても必ず非周期的になる図形(非周期モノタイル)は存在するか?」というもの。ペンローズ・タイルは2種類の図形が必要だったため、1種類で実現できるかは未解決だった。

 2023年3月、この問題に大きな進展があった。13辺を持つ多角形「Hat」が発見され、1種類の図形だけで非周期的なタイリングが可能であることが示された。ただし、Hatは図形の裏返し(鏡像)も使う必要があった。

Hatのタイリングパターン(プロジェクトページより引用

 さらに同年6月には、裏返しを使わずに非周期的タイリングを実現する「Spectre」が発見され、アインシュタイン問題は完全に解決された。これは数学史に残る大発見として世界中で報道された。

Spectreのスタイリングパターン(プロジェクトページより引用

(関連記事:数学の未解決問題「アインシュタイン問題」が解決? 1つの図形だけで敷き詰めても“周期性が生まれない”

(関連記事:数学の未解決問題「アインシュタイン問題」を“完全解決”する新図形発見 「The hat」を改良

 では、Imura氏が発見した「Modulo Krinkle tiling」とは、どのようなものだろうか。順を追って説明しよう。

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