地球環境が後戻りできなくなる「分岐点」はどこにある?海の「渦」が地球規模の大循環に影響する
「観測史上もっとも暑い年」という言葉をよく耳にするようになりました。地球温暖化などにより世界の平均気温は上昇を続け、同時に、海水温も少しずつ高くなっていることがわかってきています。実は、海の表層の温度である「海面水温」の全球平均は、この100年で約0.6℃上昇しているそうです。海洋は大気の約1000倍の熱容量を持ちます。その温度が上昇していくと……。
JAMSTEC地球環境部門海洋観測研究センターでは、いま海にどんな変化が起きているのか、そして将来どうなっていくのかを知るために、海の状態を観測しつづけています。とてつもなく広大な海。広いだけでなく、深くもあります。この海をどうやって観測しているのでしょうか? そして観測データを使って、どんな研究が行われているのでしょうか? 海洋観測研究センターの纐纈慎也センター長に話を聞きました。(取材・文:福田伊佐央)
*本記事は、JAMSTECの研究のなかから「気候変動」に焦点をあて、『JAMSTECアーカイブス』として、とくに話題となった記事を再編集してお届けいたします。この記事は2024年3月に配信された記事をもとにしています。
世界中の海に約4000台の自動観測装置を投入
──どのような方法で広大な海を観測しているのでしょうか? 人工衛星で上空から一気に観測したりできるのでしょうか?
それができればいいんですが、そう簡単にはいきません。海の観測で最も大変な点は、可視光線や電波などの電磁波を使ってリモートで観測すること(リモートセンシング)がむずかしいということでしょう。たとえば大気は、地上の観測装置や人工衛星による電磁波の観測によって、気温や水蒸気量、風速などを、上空まである程度正確に観測することができます。
でも海の中には電磁波が届きません。海の中の温度や塩分濃度、流れなどについて知りたければ、基本的に観測機器を沈めたり、海水を採取したりして直接観測するしかありません。海について人工衛星を使ってリモートで観測できるのは、海水温など海面の情報ぐらいです。
ーー具体的には、どんな方法で直接観測しているんですか?
基本的には研究船やブイ型の観測装置などで観測してきたのですが、それだけでは広大な海をとてもカバーできません。そこで、世界各国で協力して地球規模の海洋観測網をつくる「アルゴ計画」が2000年から始まりました。
アルゴ計画では、「アルゴフロート」とよばれる2メートルほどの大きさの自動観測装置を、世界中の海に4000台ほど投入して観測を行っています。アルゴフロートは海に投入されると段階的に水深2000メートルまで沈んで、海中の水温や塩分、圧力を観測します。そして、10日に一度海面に浮上して、観測データを上空の人工衛星に送信します(図1)。一度投入されると3〜4年間、自動で計測をつづけてくれます。
海水温の変化は大気の1000分の1まで
ーー自動でデータを取ってくれるのは、とてもありがたいですね。
アルゴフロートはとてもいい観測システムです。でも海の中で何年も観測しているうちにセンサーが劣化してきて、どうしても正確な値からずれてきてしまうんです。そのため、アルゴフロートに任せっきりというわけにはいかず、必要なデータ精度を確保するために船での観測も継続しています。
また、海中にどんな成分が溶けているかなど、アルゴフロートでは測れないデータもあるので、そういう意味でも船での観測は引き続き重要です。
ーーアルゴフロートの観測値のずれは、どれくらい大きいのでしょうか?
ずれといっても、日常的なレベルでは気にならないほどのごくわずかなものです。しかし、海洋観測では大気の観測以上に高い観測精度が求められるため、わずかなずれであっても補正しておく必要があるんです。
海には、陸地よりも温まりにくく冷めにくい海水が大量に溜まっていますから、海は地上とくらべて変化の量がすごく小さくなります。
例えば、温暖化抑制の目標である今から数度の温度上昇といった気温上昇は、熱の総量として海洋にとっては千分の数度の上昇に当たります。変化の量も早さも、大気にくらべるととにかく小さいんです。なので、精度よく測れないと、たとえば地球温暖化によって海にどんな変化がおきているかを正確に知ることはできません。
観測はまだまだ足りていない
ーーアルゴ計画が始まって、海洋の観測データは充実してきましたか?
アルゴ計画が始まる前と比べたら、ずいぶん充実しましたが、まだまだ足りていないと思います。アルゴフロートの観測密度は平均すると300キロメートル四方に1台程度なので、日本の面積に対して1台か2台あるかどうかというぐらいです。たった2ヵ所の観測データで日本全体でおきる現象を調べようとしても、それは少ないと思いますよね。
ーー地図でアルゴフロートの投入場所を見ると(図3)、点の大きさもあってかなりの範囲をカバーしているようにも見えますが、実際の海の広さを考えると、まだまだなんですね。
深い場所のデータも、もっと欲しいですね。アルゴフロートが降下するのは水深2000メートルまでなので、それより深い場所は船などで個別に観測しないといけません。深海4000メートルまで降下できる特別なフロート(深海用フロート)を使ったり、研究船で観測機器付きの採水器を水深6000メートルぐらいまで降ろして、観測やサンプル採取をしたりする必要があります。
あとは南極周辺など、海面に氷がある場所も自動での観測がむずかしいので、データがあまり取れていません。アルゴフロートは10日に一度上昇して人工衛星にデータを送信しますが、海面に氷があると浮上できないので、氷がある場所では基本的に使えないんです。
長期間の観測データも必要に
観測データについてもう一つ大事なのが、観測期間の長さですね。アルゴ計画が本格的にスタートしてから、まだ二十数年しか経っていません。20年分のデータがあると、毎年発生する現象は20回観測できていることになりますが、10年、20年単位で発生する現象は1〜2回しか観測できていません。長い周期でおきる現象を正確にとらえるには、まだ観測の長さが足りないといえます。
私たちが現在、海水温の長期的な変化などについていろんなことが言えるのは、先人たちが長年データを取ってきてくれたおかげです。次の世代の研究者のためにも、これからも観測をつづけていくことが重要です。
「渦」が地球規模の大循環に影響を与えている!?
ーー海洋観測を通して、何を明らかにしたいと考えていますか?
究極的には、この地球のシステムにそなわった仕組みを網羅的にわかるようになりたいですね。循環する海洋と大気がたがいに影響を与える中で、たとえばエルニーニョ現象などの周期的な現象がおきています。温暖化が進行するとそれらの現象はどう変化するのか、ある一線をこえると大変動がおきてしまうのか。非常に複雑な仕組みの中でおきているわけですが、それをなんとか理解したいと思っています。
ーーどんなことがわかってきましたか?
観測データの充実やシミュレーション研究の進展によって、200キロメートル程度の小さな渦の流れが地球規模の大循環に影響を与えている可能性がわかってきていて、注目を集めています。
海には大小さまざまなスケールの流れがあります。地球全体を千年規模でゆっくりと海水が循環する「海洋大循環(深層循環)」という巨大な流れもあれば、黒潮に代表されるような「海流」もありますし、海の表面や海中には200キロメートル程度の比較的小さな渦状の流れも存在します。この200キロメートル程度の渦が海の中では無数に発生しているのですが、それが海洋全体の循環に重要な役割を果たしていることがわかってきたんです。