主人公の「闇落ち」から世界での快進撃が始まった…日本よりも海外人気がすごい講談社発のファンタジーアニメ 「なぜ人間は戦争を繰り返すのか」を生々しく描く
日本のアニメは海外でどのように見られているのか。エンタメ社会学者の中山淳雄さんは「興味深いのは、日本と海外で盛り上がるタイミングが大きく異なることだ」という――。
写真=iStock.com/hayatikayhan
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世界中にいるアニメファン約2000万人が集う「My Anime List」は、アニメ好きのためのWikipediaのような存在だ。
3カ月ごとに60~70本放送される新作アニメのページが新設され、Members(アニメをリストインしている人)、Score(アニメ評価)、Popularity(Members数の歴代ランキング)、Ranked(Scoreの歴代ランキング)の4つがトップに表示される。当然海外のアニメファンのためのサイトであり、すべて英語。
ここはエンタメを研究する私のような立場の人間にとって宝の山だ。6~7割が10~20代の若者世代、5~6割が欧米ユーザー、あとはアジア・南米などで日本人はほんの1%未満、という純粋な「日本人以外のアニメファン」サイトだ。
ネットフリックスや海外における最大級のアニメ配信サイト・クランチロールによって世界中に配信されたアニメをどう受け止めているかのリアリティが、ここにある。
すすり泣きが聞こえる会場、それは物語そのものへと感情移入であるとともに「本当に最後」という『進撃の巨人』作品を惜しむ感情のようにも聞こえた。そうした視聴者が多かったのだろう、鑑賞中の号泣OKの上映会ということで「号泣上映」回すら設定されている。
2024年11月に上映開始された『劇場版「進撃の巨人」完結編 THE LAST ATTACK』は2023年3月、11月に放送されたTVアニメ版の前編・後編を145分長編映画に再構築した映画作品である。
進撃と日本アニメの海外売上の関係
3週間限定だったはずが、2億円→5億円→8億円と興行収入を増やし、58万人動員と好調に推移(執筆時)。期間延長と公演館の増加すら計画されている。いまも配信サイトをみれば見られる内容が、再編集されているとはいえほぼ同じ内容で10億円の成功作品になっているのだ。
2009年のマンガ連載から今年で15年目。2019年末には、それまでトップだった『金田一少年の事件簿』の1億部を超え、講談社史上最も売れたマンガ作品になった(現在は累計1.4億部)。
講談社の海外展開とともに日本のアニメ作品の海外化そのものすら2013年のアニメ化以降けん引してきた世界的ヒットアニメ作品でもある。
〈https://c.kodansha.net/news/detail/48017/index.php〉。
興味深いのはアニメ『進撃の巨人』が始まった2013年に、それまで5年間の停滞していた日本アニメの海外売上は2843億円となり成長の兆しをみせた。そこから同売上は10年ずっと伸び続け、2023年に1兆7222億、なんと6倍になってしまった。
日本アニメの世界への快進撃は『進撃の巨人』アニメの歴史とぴったり一致するのだ。
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『進撃の巨人』は自身の趣味でもあった総合格闘技を巨人同士でやったらどうだろうというところから始まっており、エレン、ミカサ、アルミンという3人のキャラクターはあとになってから生まれてきた。
のちにジャン、サシャ、コニー、ヒストリアという4人も含めた調査兵団104期の同期という7人のチームは、物語の最後まで「巨人の世界」を終わらせる役割を担い続ける。
連載開始当初から巨人の顔の奇妙さやリアルさは大いに話題になっていた。それは諌山氏によれば「人が一瞬だけみせる面白い表情を最大限に強調して描いた」という。
作品がヒットしたきかっけは、「巨大な壁を越えて、進撃してくる巨人に食われる恐怖」というわかりやすくダイナミックなモチーフではあるが、実は「苦手だった」はずのキャラクターの成長こそが一番の理由だろう。
端的に言えば、『進撃の巨人』とは3人で始まり、ただ仲良しだったチームが最終的には互いに受けた重い使命をもって最後には互いに殺しあう。そのことで、「巨人が世の中から駆逐される」というゴールを実現するという物語なのだ。
だが皮肉なことに、それでも戦争は終わらない。
トランプやプーチンにこそ見てほしい
『進撃の巨人』が示唆深いのは、「壁内/壁外」というどこの国にも存在する境界をめぐり、戦争のような終わりなき争いが、「家族や仲間を守るため」という自衛のために引き起こされるという事実である。
作中に登場するマーレ人とエルディア人との因縁の深さは、まるでいまのパレスチナ情勢やウクライナ情勢の写し鏡のようだ。この2024年の「THE LAST ATTACK」は国際情勢不安定な今だからこそ、トランプやプーチンといった「世界各国の首脳に見てもらいたいアニメ」でもある。人は戦わなくてはならない、戦わないために。
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MALでのScoreでみると、これまでのシーズンすべてが8.5以上の高評価。それにMembersの数は70万~90万と常にトップアニメの実績である(2013Q2、2017Q2、2018Q3などの昔のシーズンは辿れない)。
だが実のところ、2019年までの進撃アニメの海外人気はもちろんトップ級ではあるものの、「ダントツのアニメ」ではなかった。
2019年4~6月の「Season3 Part2」時点ではシーズン終了時で36万人、海外での人気は1位ではなかった。当シーズンにおける順位は図表2のとおり、『ワンパンマン』2期がダントツの52万人で、続けて『鬼滅の刃』がリリース前11万から4倍にまで伸ばす成長率で44万、『進撃Season3』は3位の結果となっている。
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マンガ連載としては2009年~21年で全139話、34巻にわたって13年間続いてきた。同時にアニメはテレビシリーズで全94話、そこに劇場版実写で2回、劇場版アニメが3回加わる。
Googleトレンドでみれば国内での進撃人気は2013年のアニメ第1期こそ高かったが、そこから徐々にヤマは小さくなっていく(これはほかのアニメも同様の傾向)。だが“海外の”『進撃の巨人』人気とみると、第2期の2017年にむしろヤマが大きくなり、第4期となるThe Final Seasonで最高潮に達する。
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コロナ以降は海外こそがホームグラウンドともいえる「進撃人気」ぶりで、実はいまだ衰えを知らない。今回の映画「THE LAST ATTACK」が来年、海外の劇場でどういった数字を見せるのか、今から楽しみでもある。
全世界の映像レビューで定評がある、大手映像情報サイト「IMDb」でも全98話にわたるアニメエピソードは「Top rated TV #23」にランクイン。
『Breaking Bad』や『Band of Brothers』『Game of Thrones』など北米ヒット作品に並んでいる。日本アニメでは『鋼の錬金術師』と『進撃の巨人』だけが30位以内に入っている。『HUNTER×HUNTER』、『デスノート』、『カウボーイビバップ』が続く。
国内外で40ものTVアワード受賞と88ノミネートをした『進撃の巨人』は、アニメによって全世界に広がり、日本アニメそのものの評価を底上げした。まさしく時代を象徴する作品であったのだ。
独自の世界観が生まれた背景
「ダークでエッジの効いたストーリー」と名高い『進撃の巨人』の物語はどう生まれたのだろうか。
著者の諫山創は、1986年に大分県日田市大山町で生まれた。保育園時代から恐竜の絵ばかり描き、一般的には「気持ち悪い」といわれる巨大生物が好きだったという。
高い崖のたもとで育ち、山々に囲まれた閉ざされた世界で育ったことが外の世界へのあこがれを醸成した。
それが、進撃の巨人の「巨人から人類を守るという目的のために造られた壁と、その中に暮らす人類」という独特の世界観構築にもつながっていると想像される。
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「どのページ、コマ、線からも強烈に訴えかけるものが――大げさに言うと『怨念』のようなものがあったと思います。それが印象に残ってますね」、と持ち込みを受けた編集の川窪慎太郎氏は答える(2006年入社、2022年より週刊少年マガジン編集長就任)。
実は持ち込みは一度週刊少年ジャンプで断られている。編集として、あの持ち込み企画があったときに才能を受け止められるかという点はよくマンガ編集者の中でも話題になる。そのくらい諌山氏の初期企画は「キャラクターの造形」に課題があった。
諌山氏自身もキャラクターを描くのがとても苦手だったと話している。
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では潮目が変わったのはいつだろうか。
図表3からわかるように2021年1~3月の『進撃の巨人 The Final Season』(第4期)である。
筆者作成
『進撃の巨人』は2013~19年と2021~24年でアニメ制作会社が変わっている。当初のWIT Studioは『甲鉄城のカバネリ』『ヴィンランド・サガ』など他の人気作も抱える中でオリジナル作品に集中したいとアニメ第3期を最後に降板決定となった。
あまりの作画労力にコストが合わないといった点や、まだ海外配信市場が顕在化していないなかで円盤(ブルーレイやDVD)売上が2期で急落したことなども影響していたのかもしれない。
「The Final season」を担当したのは、2011年設立と新興だったMAPPAだった。結果的に、彼らにとっては出世作となった。その「怨念」ともいえる制作に向き合う執拗さは、2023年2月放送のNHKのドキュメンタリー番組『100カメ』からも垣間見える。
「The Final season」は「壁の向こう」から始まる。壁の向こうには海があり、海の向こうには自由がある。そうやって信じてきたエレンらエルディア人たちは、海の向こうにはさらに敵軍が存在していたという衝撃の事実を目の当たりにする。
なぜ巨人が生まれたのかの謎に迫るクライマックスのシーズンに入るこの転換はエレンが“闇落ち”していく作品のステージを挙げたものであり、原作でも世界観ががらりと変わる。
「世界一求められたTVシリーズ」に
このタイミングでのアニメ制作会社変更はリスクも大きかったが、逆にここでしか起こりえなかった。結果からみれば、2020年が大きく「進撃の巨人」を再起動させるきっかけにもなったといえる。
日本ではキャラクターデザインが変わったことなどで批判も少なくなかった。だが、MAPPA版は北米を中心に米国、欧州、南米など世界中での進撃需要を生み出し、ついにはParrot Analysis社の「Global Demand Award2021」で並み居る作品(『The Witcher』、『The Walking Dead』など)をおさえて「世界でもっとも求められたTVシリーズ」に輝いた。
『進撃の巨人』は2010年末の2巻だけで100万部(50万部/巻)、2013年アニメ直前で1200万部(140万部/巻)となっていたところから2014年4月には第13巻がアニメ1期の好調もあり、講談社史上最高の初版275万部を突破。
この2014年ごろをピークに、2017年~19年の第2期・第3期は『僕のヒーローアカデミア』『鬼滅の刃』『呪術廻戦』などのほかの巨大ヒット作に話題負けをするようにもなり、コミックスの売上も100万~150万部と落ち着いてきていた。
2015年11月には5000万部到達していたが、2019年末の1億部到達に向けてはむしろ日本より海外の貢献シェアのほうが大きくなっていた感覚である。
それが2021年1~3月の「The Final Season」で大爆発するのだ。海外において。