捜査不正あらわ、刑事司法の信頼失われかねず 福井中3殺害再審判決、有罪ストーリー瓦解

名古屋高裁金沢支部での判決後、「前川さんは無罪」などと書かれた紙を掲げる弁護士ら=18日午後、金沢市(柿平博文撮影)

福井市で昭和61年、中学3年の女子生徒=当時(15)=が殺害された事件で、前川彰司さん(60)を無罪とした18日の名古屋高裁金沢支部の再審判決は、警察の供述誘導や検察の証拠隠しを認定した。再審手続きを通じ捜査機関による不正があぶり出され、刑事司法への信頼が失われかねない事態だ。

昨年、再審無罪が確定した袴田巌さん(89)が愛用した青い帽子をかぶり、裁判所に入った前川さん。増田啓祐裁判長から無罪判決の言い渡し後に謝罪されると、安堵(あんど)した様子でその姿をじっと見つめた。

38年前、警察の捜査が行き詰まる中、前川さんは逮捕された。きっかけは別の事件で逮捕されていた暴力団組員(当時)による「前川さんから『人を殺してしまった』と連絡があったので知人を迎えに行かせ、かくまった」との供述だった。

平成7年に逆転有罪とした判決は、知人らの供述も含め食い違いや変遷があったものの、核心部分を見れば「共通するストーリー」が語られているとし、「供述は絡み合い補強し合うことによって、高度の信用性が認められる」と結論付けた。

再審公判でも、検察側は確定判決に沿った主張を維持。昨年10月の再審開始決定は、警察が組員の供述に頼り、知人らの供述を誘導した疑いを指摘したが、検察側はこうした見方に「荒唐無稽」と反論してみせた。

証拠隠し「失望」

再審判決では組員の供述過程を改めて検討することで、捜査機関側の主張を崩していった。

勾留中の組員は当初、面会した知人に「(殺害事件の)犯人が分かると自分の刑が軽くなるかもしれないから捜してくれ」と話しながら、取り調べを通じ、次第に前川さんが関与したとの「ストーリー」を詳細に語るようになった、という流れを浮き彫りにした。

さらに、警察も当初は虚偽供述だと感じながら、捜査が行き詰まるにつれ、逆に勾留中の組員をほかの知人と面会させるなどの手段に踏み切ったと指摘。全く事件と関係のない知人に組員が「顔をつぶす気か」と迫り、虚偽供述をさせたことで知人が誤認逮捕されたこともあったとした。

この日の判決は、組員に不当な利益供与を行った警察の対応について「まさに検察官が『荒唐無稽』と評価するような捜査が現実に行われた」と断じた。検察に対しても公判で不利な証拠を隠したとして「率直に言って失望を禁じ得ない」と厳しい言葉を連ねた。

その上で組員の供述は「虚偽の可能性が高い」と判断。確定判決が評価した「供述内容の一致」はむしろ、捜査機関が何とかして前川さんを有罪に持ち込みたいという思惑から、供述を誘導した結果だったと指摘した。

直接的な物証がなく、多くの証言を絡み合わせ「有罪を立証した」とした当初の確定判決。再審判決で証言の信用性は否定され、警察や検察のストーリーは瓦解(がかい)した。ただ、前川さんを有罪に追い込んだ裁判所もその責任は免れ得ない。(藤木祥平)

不備抱える「再審法」改正議論の加速必至

再審で冤罪(えんざい)が晴れるケースが相次ぐ中、再審請求手続きの長期化が問題視されている。背景には「再審法」と呼ばれる刑事訴訟法の規定で、再審の具体的な手続きを定めていないという制度上の〝不備〟が挙げられる。前川彰司さんの場合も最初の再審請求から実に21年を要しており、今回の判決が改正議論を後押しするのは必至だ。

昭和41年の静岡県一家4人殺害事件で袴田巌さん(89)の再審無罪が昨年確定したことなどを受け、法改正の機運が高まった先の通常国会。超党派の議員連盟が、再審請求審での証拠開示規定や再審開始決定に対する不服申し立ての禁止などを盛り込んだ改正案の議員立法をまとめた。だが、各党了承手続きで自民党が二の足を踏み、野党6党で提出。最終的に継続審議となった。

一方、法制審議会(法相の諮問機関)でも法改正の議論が進む。7月15日の会合では、証拠開示規定や不服申し立ての禁止のほか、再審開始事由の見直しや請求時に弁護人を付けられる制度の創設などを含め、計14項目の論点が示された。

ただ、不服申し立ての禁止を巡り、検察関係者の反対が根強い。証拠開示についても限定的にすべきだとの意見が出るなど、委員の立場によって考えの隔たりは大きい。

前川さんは平成23年にも再審開始決定を受けたが、検察側の不服申し立てを受け、取り消された。第2次請求では、裁判所に強く促された検察側が287点もの新証拠を開示し、捜査の問題点が一気に浮き彫りになった。(喜田あゆみ)

すべての証拠に証拠開示規定を

成城大法学部の指宿信教授(刑事訴訟法)

再審判決は、関係者の供述の変遷と客観証拠に照らし、警察の供述の誘導や示唆を指摘して供述の信用性を否定した。確定した有罪判決の問題点を明確にした点は大いに評価できる。

今回の事件で浮き彫りになったのは、検察の「証拠隠し」だ。本来、証拠を隠した場合は証拠隠滅として罪に問われるはずだが、検察官が有罪判決を目的に意図して行い、それがまかり通っていたのであれば、刑事司法の信頼が揺らぐ大きな問題だ。

国会や法制審議会では、再審法見直しの議論が進んでいるが、改正は待ったなしといえる。検察などが証拠隠しができないように、すべての証拠に開示規定を設ける必要がある。

静岡県一家4人殺害事件で袴田巌さんの再審無罪が確定した後、警察や検察は検証を行ったが、冤罪事件については独立した第三者機関が検証する仕組みをつくるべきだ。検証の内容を可視化するとともに、組織を変えることで二度と同じ過ちを繰り返さないようにしてほしい。(聞き手 喜田あゆみ)

関連記事: