AIの消費電力はどれくらい? 答えを知る者たちは沈黙している
「企業が目指すのは、自社のプラットフォームから利用者を逃がさぬよう、推論の結果を最速で提供することです」と彼は言う。「もしもChatGPTが、5分も待たせた末、にいきなり答え始めたらどうでしょう。即答してくれる別のツールにくら替えしたくなるはずです」
AIによる排出量を把握する難しさ
ただし、複雑なクエリの処理に費やされるエネルギーの量を計算するとなれば、考慮すべきことはほかにも無数にある。理論上の計算とは別に、現実世界のどんな状況でクエリが実行されるのかが問題となるからだ。排出量の計算には物理的なハードウェアの違いが影響するとバシールは指摘する。ダウナーが実験に使ったNVIDIA のA100 GPUだ。しかし、AI処理に特化して設計されたH100 GPUのほうがエネルギー消費量は高い。
CO2排出量は物理的な技術基盤によっても変化する。大型のデータセンターには、冷却装置、照明、ネットワーク機器といった設備が不可欠だが、それらはすべて消費電力の増加につながる。こうした設備は日中にフル稼働し、クエリの量が減る夜間には作業を休止することが多い。また、場所によって利用する電力網の種類も異なり、化石燃料から大量の電力を得ている施設もあれば、再生可能エネルギーを使用する施設もある。
データセンターに必要な数々の設備を考慮せず、AIのクエリ処理によって生じるCO2のみを問題視する行為は、クルマをもち上げてアクセルを踏み、車輪の回転数を数えるだけで燃料効率を調べた気になっているに等しいとバシールは指摘する。「その車輪に、クルマ本体と乗客を運ぶ役目があることを忘れているのです」と彼は言う。
AIのCO2排出量を把握するうえで最も重要なことは、ダウナーが研究に用いたようなオープンソースのモデルが、現在普及しているAIモデルのほんの一部にすぎないという事実を知っておくことだろう。AIにトレーニングを施し、既存モデルを更新し続けるには莫大なエネルギーが必要だが、大企業の多くはその数値を公表していない。
例えば、OpenAIのアルトマンはChatGPTの電力消費量を電球の点灯時間に換算して説明したが、ChatGPTをチャットボットとして機能させるための訓練に費やされたエネルギーの総量がそこに含まれているかどうかは不明だ。情報の開示が進まなければ、一般の人々は必要な情報を得られず、AI技術が地球に及ぼす影響の大きさを知ることができない。
ルチオーニは言う。「魔法のつえが使えるなら、世界のあらゆる地域で、どんなかたちでも製品にAI技術を導入しているすべての企業に、CO2排出量の開示を義務付けたいですね」
取材協力:パレシュ・デイヴ。
(Originally published on wired.com, translated by Mitsuko Saeki, edited by Mamiko Nakano)
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