参院選 過熱する「外国人」論争 日本国籍得た言語学者が抱く違和感

2年前に米国籍から日本国籍になったアン・クレシーニさん=福岡県宗像市で2025年7月17日、野田武撮影

 20日投開票の参院選では「外国人」を巡る論争が過熱している。虚実入り交じった情報が流れ、「日本人ファースト」を叫ぶ政党の主張に交流サイト(SNS)では賛否の声が上がる。こうした現状を、母国がたどった「分断」の道と重ねて憂えるのは米国出身の言語学者だ。自身も2年前に日本国籍を取得し、参院選では今回初めて投票する。「良識の府」の担い手に託すのは、「融和」へのあくなき模索だ。

苛烈さ増す中傷の書き込み

 北九州市立大の准教授、アン・クレシーニさん(51)は外来語が専門で、大学で英語を教える傍ら、自宅のある福岡県宗像市では「むなかた応援大使」も務める。地域の魅力を発信したり、多文化理解などをテーマに各地で講演したりするなど多彩な顔を持つ。

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 X(ツイッター)のフォロワーは約2万5000人。明るいキャラクターと博多弁を操るトークが人気で、講演では著書にサインを求められる。半面、Xでは日常的に「反日外国人」「祖国へ帰れ」などと中傷が書き込まれる。

 「精神的に強い方ですが、特にこの1週間は正直、きついです」。投開票が近づくにつれて苛烈さを増す書き込みに、心を痛める。

 米バージニア州出身で、1997年に来日した。日本語はカラオケで女性デュオ「Kiroro(キロロ)」の曲を歌って覚えた。

 夫や娘と暮らす宗像市は人の優しさ、豊かな自然、おいしい食べ物、どれを取っても大好きなかけがえのない居場所だ。2014年に永住権を得ると、23年に日本国籍を取得した。

 日本国籍を取るきっかけとなったのは新型コロナウイルス禍だった。さなかの20年3月に米国に住む父が79歳で他界。水際対策で外国籍の人の日本入国は制限され、永住権を持つクレシーニさんも例外ではなかった。

 「日本を出れば戻れなくなる」と出国を断念。渡米して父親の葬儀ができたのは2年半後だった。

 和服を着こなし、三味線をたしなみ、神社を参拝する。そんな日本を愛する自分が「外国人扱い」されたのがショックだった。

 「どんな時でも私は日本にいたい」。そんな思いで米国籍を手放し、日本国籍を選ぶことを決めた。

「誰もが生きやすい社会に」

2年前に米国籍から日本国籍になったアン・クレシーニさん=福岡県宗像市で2025年7月17日、野田武撮影

 選挙権を得て、宗像市議選や衆院選での投票を経験し、今回が初めての参院選の投票だ。投票案内のはがきが届いて喜びを感じた。

 他方で、これまでにない「外国人」への風当たりの強さに不安は増している。「経済的な苦境の中で社会に余裕がなくなり、『誰かのせいにしたい』という人々の気持ちを政治家が利用している」と感じる。

 「どの政党を支持しても悪いことではない」と断ったうえで、「不安に任せて抽象的に『外国人』をやり玉に挙げても、日本がよくなるとは思えない」。トランプ政権下で分断を深める米国社会を知るだけに、「日本はまだ立ち止まれる」と強調する。

 違いがあっても、誰もが生きやすい社会になってほしい。そう願う背景には子どもたちの存在もある。日本で生まれ育った3人の娘たちは日本が大好きだ。

 それでも、外見で判断されることが多かった。相手に悪気はないものの「日本語上手だね」などと言われたりもしたという。目立つのが苦手な娘の1人は日本の学校に居づらくなり、米国で暮らすことを選んだ。

 日本人とは、外国人とは――。いやが応でも、突き付けられてきた。だからこそ伝えたいのは、人として付き合う大切さだ。

 4月、地元の国際交流団体と「むなかた国際のど自慢大会」を開催した。母国語以外の歌を歌うイベントで、飛び入り参加を含め、日本、ネパール、米国、ベトナムなど6カ国20組32人が出場して、盛り上がった。外国籍の住民が増えるなか、これからも日本社会とつなぐ「懸け橋」としての存在でありたいと考える。

 参院は衆院と異なり解散がなく、任期が長い。「良識の府」として長期の視野が求められるだけに、留学生、技能実習生、観光客、永住者、難民など同じ社会で生きるさまざまな「外国人」を知り、丁寧な政策論を交わすことを望む。

 詩人、金子みすゞの詩で、心のよりどころにしている一節がある。「みんなちがって、みんないい」。そんな社会を諦めないための1票を、投じるつもりだ。【平川昌範】

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