人間しか持たない「言語タンパク質」を特定。マウスに注入したところ鳴き声が変化
この地球上で複雑な言葉を話すのは人間だけだ。最新の研究では、それを可能にする「言語タンパク質」を発見したという。
米国ロックフェラー大学をはじめとする研究チームが発見した言語タンパク質は、私たち現生人類にしかない遺伝子変異がある。驚いたことに、これをマウスに移植するとその鳴き声(発音)が変わったという。
言語タンパク質はホモ・サピエンスにしかない。ネアンデルタール人やデニソワ人といった人類の親戚にすらないのだ。
このことは旧人類が私たちほどおしゃべりではなかった可能性とともに、その遺伝子変異で授かった言語能力がアフリカで暮らしていた私たちの祖先を優位に立たせた可能性を示唆している。
音声でコミュニケーションを図る動物は人間以外にもたくさんいる。だが多種多様な言葉を話し、複雑な内容を伝えることができるのは私たち人間だけだ。
ではネアンデルタール人やデニソワ人といった人類の親戚たちはどうだったのだろう?
米国ロックフェラー大学のニュースリリースによると、ネアンデアルタール人の喉は声を出せる構造になっており、耳もそれを聞くことができる構造だったという。くわえて、私たち現代人と同じ発話に関係する遺伝子変異もあった。
一方、脳の言語に関する領域は現代人ほどには発達していない。ここは言葉を紡ぎ出し、理解するうえで不可欠な領域だ。
そのため、ネアンデルタール人のような人類の親戚が、私たちと同じように話をすることができたのかは、今のところはっきりしていない。
ところが今回、ロックフェラー大学の田島陽子氏やロバート・ダーネル氏らによって、人間の会話を可能にした考えられる「言語タンパク質」を作る遺伝子変異を発見した。
なんとこのタンパク質は私たちホモ・サピエンス特有のものだという。
この画像を大きなサイズで見るホモ・サピエンス・サピエンスは分類学上のホモ・サピエンスに属する唯一の現生人類だ。Kenneth Stamp / WIKI commons言語タンパク質は、「NOVA1」という遺伝子によって作られる。それは神経細胞(ニューロン)に発現するRNA結合タンパク質で、脳の発達や神経による筋肉のコントロールに大切な役割を果たしている。
そもそもダーネル氏がこの遺伝子に着目したのは、それが神経自己免疫疾患の原因であると考えられたからだ。しかもこの遺伝子は、言語の発達障害や運動障害にも関連している。
じつはNOVA1遺伝子自体は珍しくない。これによって作られるタンパク質は、哺乳類から鳥類まで、さまざまな動物たちが持っている。
そこでNOVA1遺伝子が作る一般的なタンパク質を、ここでは「NOVA1タンパク質」と呼ぶことにする。
ところが、人間のNOVA1タンパク質だけ独自の仕様となっている。197番目にあるアミノ酸が別のものに代わっているのだ。
この遺伝子変異を「I197V」という。すなわちI197V変異をもつNOVA1タンパク質こそが、ホモ・サピエンスならではの言語タンパク質だ。
Photo by:iStock今回の研究では、言語タンパク質の働きを詳しく知るために、遺伝子編集技術を用いて人間のNOVA1遺伝子がマウスに移植されている。
それによるマウスの変化は驚くべきものだった。なんと発音(鳴き声)が変わったのである。
マウスもまた音声によってコミュニケーションを交わす動物だ。たとえば子供のマウスは超音波で母親に自らの意思を伝えるが、その音は「S・D・U・M」の4音で表現される。
だが、人間のNOVA1遺伝子を移植されたマウスは、これとは違う音を出すようになったのだ。
さらに大人のオスの口説き文句までが変わった。つまりメスに求愛する鳴き声が違うものになったのである。
ダーネル氏は、「このような声の変化は進化に深い影響を与えるだろうと想像されます」と、ニュースリリースで語っている。
この画像を大きなサイズで見るマウスの脳で発現したNOVA1(緑)と核(青)/Darnell labでは、私たちの親戚である旧人類もこの言語タンパク質を持っていたのだろうか?
研究チームは、これを知るために現代人のゲノムと、ネアンデルタール人およびデニソワ人のゲノムを比較してみた。
すると彼らで見つかったのは、ほかの動物たちと同じありふれたNOVA1タンパク質だった。ネアンデルタール人とデニソワ人は言語タンパク質を持っていなかったのだ。ならば、彼らは私たちホモ・サピエンスのようにはおしゃべりでなかったのかもしれない。
研究チームがさらに現代人約60万人のゲノムを調べてみたところ、言語タンパク質のI197V変異とはまた別の古い変異を持つ人がわずか6人だけ見つかったという。
このゲノムデータは匿名のものなので、その古代の変異を持つ人が誰なのかはわからない。だが、ここからダーネル氏が推測するのは、言語タンパク質がアフリカで暮らしていた私たちの祖先に大きな優位性を与えただろうということだ。
アフリカで暮らしていた現代人の祖先は、人間特有のI197V変異を進化させました
これは音声によるコミュニケーションに便利なもので、彼らの優位性につながったことが示唆されます
この集団が、アフリカを出て、世界中に広がったのです
研究チームは将来的に、言語タンパク質が私たちの言語機能をどう制御しているのか詳しく解明したいと考えている。
それができれば、このタンパク質に関連する言葉の障害を治療できるようになるかもしれない。
また言葉だけでなく、自閉症の治療にも役立つと期待される。というのも、NOVA1遺伝子は、自閉症スペクトラム障害との関連が指摘されているからだ。
「私たちの発見は、発達障害から神経変性疾患まで、医療のさまざまな面で意義あるものだと考えられます」と、ダーネル氏は語っている。
この研究は『Nature Communications』(2025年2月18日付)に掲載された。
References: The Rockefeller University » A single protein may have helped shape the emergence of spoken language
本記事は、海外で公開された情報の中から重要なポイントを抽出し、日本の読者向けに編集したものです。