なぜベトナムが「世界最大スタジアム」を建てるのか――収容13.5万人に込められた国家戦略
ベトナムが“世界最大”のスタジアム建設を進めている。サッカーワールドカップ(W杯)本大会への出場経験もなく、人口約1億人の国がいきなり13万5000人収容の巨大スタジアムを立てるという話は世界中で驚きを持って伝えられた。一方で、この計画を単なる「ハコモノ建設」と見るのは早計だ。
昨年12月に首都ハノイ市郊外で着工したチョンドン(Trống Đồng=銅鼓)スタジアム。ファム・ミン・チン首相(当時)らベトナム共産党の最高指導部が出席する国家行事として起工式が行われた背景には、経済・外交・都市戦略が交差する3つの明確な狙いがある。
「Here we go!」のロマーノ氏も反応――国際的に注目高まる
このプロジェクトが国際的に大きく認知される転機となったのは、世界的サッカージャーナリスト、ファブリツィオ・ロマーノ氏のSNS投稿だった。
「Here we go!」という決め台詞で知られ、移籍報道の世界的権威として絶大な信頼を集めるイタリア人ジャーナリスト。約3000万人のフォロワーを抱える自身のFacebookで、ロマーノ氏はチョンドンスタジアム計画を取り上げ、「ベトナムが世界最大のスタジアムの建設を開始した」と紹介した。
この投稿は公開直後から、瞬く間に世界中のサッカーファンの間で拡散。これ以前にも複数の海外スポーツメディアが本計画を報じていたが、ロマーノ氏の投稿によってサッカー界全体の話題に押し上げられた形だ。
狙い①:オリンピック・アジア大会の誘致――“アジアの新興大国”の名刺
公式計画書では、本プロジェクトは将来的にアジア競技大会およびオリンピックの開催を視野に入れた施設と明記されている。「ハノイ市をアジアおよび国際的なスポーツ文化地図に位置付ける」――これがベトナム政府の公的な言葉だ。
ベトナムはここ10年、東南アジアでもトップクラスの国内総生産(GDP)成長率を維持し、生産拠点としても米中対立下で「チャイナプラスワン」の最大の受益国となった。経済成長を遂げた新興国が次に手にしようとするのは、国際舞台での「発言力=ソフトパワー」である。ベトナム紙「ラオドン」も、2008年の北京、1988年のソウル、1964年の東京——を例に挙げて、五輪を契機に国際的地位を引き上げた「成功モデル」は数多いと指摘。ベトナムが目指しているのも、まさにこの道筋だとしている。
狙い②:民間最大手ビングループによる「スタジアム×不動産」の複合モデル
事業主を務めるベトナム民間最大手の複合企業ビングループは、不動産や電気自動車(EV)、交通インフラ、観光施設・ホテルなど多岐に渡る事業を展開するベトナム時価総額最大の巨大企業。同社はチョンドンスタジアムを単独で建てるのではなく、「ハノイ・オリンピックスポーツ都市圏」という超巨大な都市開発計画の中核に据えて建設を進めている。総投資額は約351億米ドルで、計画人口は約75万人にも上る。
つまり、世界最大級のスタジアムは、実質的に75万人規模の新都市の不動産価値を一気に押し上げる“アンカー施設”として機能する設計になっている。スポーツインフラを核とした不動産開発は、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などでも見られる手法だ。
ベトナムにおいて、本来は政府が担うべき国家級インフラを民間財閥が主導するこの構図は、民間主導の都市開発モデルへの大胆な転換を示している。
狙い③:「銅鼓(チョンドン)」――文化アイデンティティの国際発信
スタジアム名「Trống Đồng(チョンドン/銅鼓)」は、紀元前のベトナム古代「ドンソン文化」を象徴する青銅器を指す。世界最大級の競技場に古代文化のモチーフを冠することは、単なるデザイン上の選択ではない。
経済成長を背景にした近代化のなかで、「ベトナムとは何者か」を世界に発信する――この文化的ナラティブこそが、デザイン上の核心メッセージだ。スタジアム外装には銅鼓の伝統文様が刻まれ、ベトナム文化を「現代建築として可視化」する試みとなっている。ロマーノ氏の投稿が世界中で拡散されたことも、こうした文化発信戦略にとっては絶好の追い風となった。
完成は2028年予定
世界最大のスタジアムは現在、北朝鮮の「綾羅島メーデースタジアム」(収容人数:15万人)とされているが、事実上閉ざされた施設のため、2028年に予定する完成後はチョンドンスタジアムが“国際大会を開催できる世界最大のスタジアム”となる可能性が高い。
着工段階で世界中の関心を集めることに成功した時点で、国家ブランディングという観点ではすでに一定の成果を上げているとも言えるが、完成後に稼働率の低さで負担となるケースも世界中に存在する。
2028年の完成後、ベトナムは13万5000席という巨大な器を「埋め続けられるコンテンツ」を生み出せるか――東南アジアのスポーツ産業地図を塗り替えるこの試みは、新興国インフラ戦略の試金石となる。