「じいじの運転危ない」孫の指摘でMr.マリックが免許返納。70歳で手放してわかった「車がない高齢者の現実」
高齢者の運転ミスによる痛ましい死亡事故などがニュースから流れてくると、「免許返納」の問題がクローズアップされる昨今。Mr.マリックさんにハンドルを置く決意をさせたのは孫からの予期せぬひと言でした。いざ車のない生活を始めたところ、そこには超魔術でも解決できない「高齢者の移動」という切実な課題を実感したそうです。
【写真】Mr.マリックさんの人生に大きな影響を及ぼすお孫さんとのツーショット(全15枚)
孫からの痛烈なひと言でハンドルを置く決意を
── 平成初期に超魔術ブームを巻き起こし、日本マジック界の重鎮として知られるMr.マリックさんが運転免許を返納されたのは、70歳のとき。きっかけは、お孫さんのひと言だったそうですね。
Mr.マリックさん:孫がまだ小さいころ、運転する車の後部座席に乗せていたときのことです。当時乗っていたのは左ハンドルの車だったので、私の視界では路肩の電柱が実際より早く、近くに迫ってくるように感じて。ぶつからないよう無意識にセンターライン側に寄って走っていたら、孫から「じいじ、危ない。まっすぐ走ってないよ」と言われたんです。
自分では安全運転のつもりでしたが、その後、妻からも同じ指摘をされ、「運転していいのかな」と、だんだんモヤモヤして。そのうち孫が私の運転を怖がって、車に乗るのを嫌がるようになったんです。ただ、そのときはまだ返納までは考えていませんでした。
── そこから一転して、免許返納を決断されました。何が背中を押したのでしょう。
Mr.マリックさん:その後、免許の更新時に試験場で、高齢者の免許返納を呼びかけるポスターがたまたま目に入ったんです。その瞬間、孫に言われた言葉をふと思い出して。
警察の方が列に並んでいた私に気づいて声をかけてくださったので、免許返納のことを相談してみたんです。免許証がないと身分証明をするときに困るかなと思うこともあって悩んでいると。そのときに「運転経歴証明書」という、免許を自主返納した人が身分証明書代わりに使えるものがあると教えてもらったんです。それなら困らないし「もういい時期かもしれないな」と思って、その場で返納することを決めました。
免許は返納しても超魔術ショーはいまも現役バリバリで行いお客さんも大盛り上がり── 免許更新のために試験場を訪れたのに、自主返納して帰ってきたわけですね。ただ、70歳での返納は、少し早い決断にも感じますが…。
Mr.マリックさん:車の進化についていけないと感じたこともきっかけのひとつでした。私たちの時代は鍵を差し込んでエンジンをかけるのが当たり前だったけれど、今はボタンひとつでしょう?ハイブリッド車なんてどうやって動かせばいいのか、とまどってしまう。同じ車といっても、もう別物。車の進化についていけず、運転の操作も難しいと感じました。
地方は車社会「免許返納」だけが正解でない
── それでも生活の一部だった車を手放すとなると、不安もあったと思います。返納してから生活はどう変わりましたか?
Mr.マリックさん:もちろんためらいはありましたが、いざ返納してみると全然ラクです。もともと仕事のときは、事故など「万が一があってはいけない」と考え、自分では運転せず車で移動することが多かった。だから、生活の変化は思ったほど大きくなかったんです。
それに車ってコストがかかるでしょう。車検もあるし、都内なら駐車場もすごく高い。映画を観て食事して1日過ごすと、その間の駐車場代だけで1万円近くかかる場所もある。駐車場を探す手間も含めて、そういうストレスがなくなったのは大きいです。今はカーシェアという便利なサービスもありますしね。あれがもっと浸透したら、車を持たなくてもだいぶラクになりますよ。
── 返納がきっかけで、新しい「縁」も生まれたそうですね。
Mr.マリックさん:メディアで「タクシーって便利ですよ」とお話ししていたら、UberタクシーのWeb用CMのお話をいただいたんです。「きてます」と言うと、タクシーが現れるCM。返納したことで新しいお仕事までいただけて感謝しています。今はタクシーも非常にクリーンで便利になりました。昔と違って近距離でもドライバーから渋い顔をされないし、電子マネーも使えるから、「1万円札しかないですけど、いいですか?」とおつりを気にして乗る必要もない。時代が変わったなと感じます。
── いっぽうで、都会のように交通網が発達していない地方では、返納はより切実な問題ですよね。
Mr.マリックさん:そこが本当に難しいところですね。私の場合は東京にいて、交通環境に恵まれているから「返納してよかった」と言えますが、地方に行くと病院や買い物に行くにも、車がないと生活が成り立たない地域はたくさんあります。
代わりの足がないまま免許を手放してしまったら、お年寄りは外に出られず、社会から孤立してしまう。だから、いちがいに「高齢者はみな免許返納すべき」とは言えません。私の話はあくまでひとつの例で、地域や家庭の事情に合った解決策が必要だと感じています。
孫は「コンタクトレンズ」のような存在
── お孫さんの言葉がきっかけとなった免許返納ですが、マリックさんの生活や考え方にも変化があったと伺いました。どんなところにお孫さんの存在による影響を感じていますか。
Mr.マリックさん:私にとって孫は、人生の「道しるべ」のような存在なんです。運転に限らず、あらゆることを教えてくれる存在ですね。年を重ねると、いろんな垢がついて目が曇ってくる部分がありますが、幼い子どもはまっさらで、私とはまったく違う視点を持っているんです。よく「孫は目に入れても痛くない」と言いますが、私にとって孫は「コンタクトレンズ」のようなものなんです。
── 孫は「コンタクトレンズ」ですか。どういうことでしょう。
Mr.マリックさん:曇って見えなかったものが、孫というレンズを通すと急にハッキリ見えるようになるんです。正しいことと間違っていることを、もう一度、見直させてくれる。これまでさんざん飲み歩いていたのが嘘みたいに遊ばなくなり、「こんなことしてちゃいけないな」と思うようになりました。
これまでマジックの練習を始めたら、自室にこもって誰の侵入も許しませんでした。家族も仕事の邪魔をしてはいけないと気をつかって、絶対に近寄らなかったんです。でも、孫だけは違います。こっちの都合なんてお構いなしで「じいじ、遊ぼう!」と入ってくる。最初は、練習しながら片手間で相手をしていたんですが、そうすると孫はすっといなくなる。子どもは正直ですからね。遊ぶなら徹底的に遊ばないといけないんだなと知って、練習の手を止めて、ちゃんと孫と遊ぶようになりました。だから、マジック練習の手を初めて止めたのが孫なんです。
── マジックひとすじだった人生に、初めてブレーキをかけた相手がお孫さんだったんですね。
Mr.マリックさん:孫のおかげで「世間にもデビュー」したんです。顔が知られているからと避けてきた百貨店にも初めて行きました。私が周りの目を気にしているのをおもしろがって、孫が急に人込みでパッと立ち上がって「Mr.マリック!」って大声で叫ぶんですよ。周りのお客さんが一斉にこちらを見るし、もうビックリ。「なんでそんなこと言うんだい?」と聞くと、平然として笑ってる。でも、不思議と腹が立たない。私からしたら、自分の常識にない「異星人」が突然、現れたような感覚です。
孫にいろんなところに連れ出され、知らなかった世界をたくさん知りました。マジック一辺倒で、世間のことをほとんど知らなかった私がようやくまともになれた。孫の言葉は、不思議と素直に聞けるんですよ。
喜寿のお祝いでLUNAさんとハンドパワーのポーズ── ご自身のお子さんからの言葉とは、また違うものですか。
Mr.マリックさん:まったく違いますね。自分の子どもとなるとどうしても「親として教育しなくては」と、どこか上から目線になってしまう。だから子どもの言うことを「正しい」とはなかなか思えない。でも、祖父母と孫の関係はフラット。お互いに素直でいられる、人間関係のなかでいちばんいい形なんじゃないかな。
── 免許返納についても、親がなかなか説得に応じず悩んでいる家庭は多いです。マリックさんのように、「孫の力を借りる」という手もありですね。
Mr.マリックさん:自分の子どもから言われても、親は意固地になるだけですから難しいですね。孫がいる人は孫にお願いしてもらうのがいちばんいいんじゃないかな。孫に「心配だから免許返してほしい」と言われたら、ふと我に返って客観的になるというか、きっと聞く耳を持てると思うんです。
取材・文:西尾英子 写真:Mr.マリック