あなたの思い出が消える?「磁気テープ2025年問題」の今 デジタル化依頼急増 3カ月待ちも
<ニュースの教科書> 家族や友達とのかけがえのない思い出をデジタル化しようと急ぐ人が増えています。 VHSやミニDVなどに録画した映像が再生できなくなるかもしれないと指摘される「磁気テープの2025年問題」が背景にあるからです。磁気データをデジタルにダビングするサービスには今年に入って依頼が加速、納品まで3カ月待ちも珍しくない状況になっています。ひと昔前までの大切な時間をどう守るか? 最前線の専門業者に聞いてみました。 ◇ ◇ ◇ 家庭用のVHSテープやビデオデッキは、1976年に日本ビクター(現JVCケンウッド)が開発・発売。残したい映像を自分で手軽に録画し、好きな時に視聴できるため、急速に普及。90年代に需要のピークを迎えました。しかし00年ごろからDVDが普及すると急激に使われなくなり、ビデオデッキも16年に国内生産が終わりました。 磁気テープの“寿命”は一般的に20~30年とされています。再生機器の保守サービスも終了しています。国連教育科学文化機関(ユネスコ)などは19年に、「マグネティック・テープ・アラート」という警告を出し、25年までに磁気テープのデータをデジタル化しなければ、映像が永久に失われる可能性もあるなどと注意喚起し、注目されるようになりました。 その「2025年」も約5カ月が経過した今、デジタル化はどんな状況なのか。大手の業者、ダビングコピー革命(東京都台東区)のシンプソン・真世・ルイス店長に聞きました。同社はビルの1室にさまざまな再生機器約150台を並べ、全国から殺到する注文を連日フル稼働でデジタル化しています。 ─昨年末ごろ、2025年問題の情報が増えましたが、どんな変化がありますか? シンプソンさん 昨年まで月1万本くらい納品していましたが、年末年始ごろから2万本くらいになり、3月は2万3000本を超えて過去最高になりました。4月分も更新する勢いです。今はお預かりして納品まで3カ月くらいかかっていて、それ以上になりつつあります。少なくとも今年いっぱいはこの需要は続くとみています。 依頼は、ミニDVやVHSが多く、8ミリも含めて全体の9割を占めます。ほかにカセットテープやMDなどの音声データもあります。著作物は断っています。デジタル化したデータは、DVDかネット経由で納品しますが、DVDの希望が多いです。(同社は通常1本898円~。1週間納品の特急が1本1347円~) ─どのように作業していますか? シンプソンさん デッキはさまざまなメーカーや型番を用意。約150台を営業時間外も含めてフル稼働させています。VHSの120分テープは3倍モードでは360分録画されています。5倍モードで約8時間くらいのテープもあります。すべて等速で回して作業するので、長時間のテープは夜間に動かしています。作業者は、発送なども含め1日平均十数人です。 ─再生機器が故障したり、動かなくなった場合はどうしていますか? シンプソンさん 市場をチェックしていて、デッキが出たときに買い集めています。廃棄しなければいけなくなったデッキも、使える部品を取っておいて、別の機器の修理に使ったりします。余剰も確保していて当分はダビングできる見通しですが、いつか限界はくると思います。社会に出回っているテープと、我々のデッキの、どちらが先に尽きるかというところです。 ─デジタル化できないものは、どのくらいありますか? シンプソンさん もともと映像が記録されていないものも含めて全体の1%くらいです。デッキとの相性もあるので、いろんなデッキで試してみますが、磁気が劣化していると思われるもの、ノイズがひどいものはあります。カビがはえたり、テープが切れていることも多く、無料でクリーニングや修理をしています。なんとか再生しようと頑張りますが、残念ながらうまくいかないことはあります。 ─25年は団塊の世代が全員、75歳以上の後期高齢者になり、終活も話題です。どんなお客さんが多いですか? シンプソンさん 終活で家の整理をしていて出てきたとか、遺品の整理をしていて見つけたとか、子どもの結婚式で使いたい、人生の節目を整理して子どもや孫に伝えたいなどが多いです。何が入っているか分からないけど、内容が気になるという方も多いです。内容は、家族、特に子どもが多い。誕生、入学など成長の過程が、全体の半数以上を占めている感じです。 納品後、「思い出がよみがえりました」などとお礼のメールをいただく機会も多く、うれしいですし、やりがいを感じます。依頼されたものはすべて再生したいと思っています。難しいケースをなんとかデジタル化できた時の喜びは特に大きいです。 東日本大震災で倒壊した家屋から掘り出された泥のついたテープや、火事でケースがドロドロにとけてしまったものの依頼もあったそうです。当時のスタッフによると、ケースを壊して取り出したテープが無事だったため、再生できましたとお客さまに伝えると、本当に安心した顔をされたと聞いています。 企業からの依頼も増えています。歴代のCM、書類、事業計画、会議の様子など、映像はさまざまです。 ─今年中に磁気テープがすべて見られなくなるわけではないのですね? シンプソンさん 時限式でピタッと見られなくなると誤解している方も、少なからずいらっしゃいます。例えると「賞味期限」のようなもので、来年も見られるものは見られるし、保管環境をしっかり整えていれば、3年、5年ともたせることもできると思います。ただ、だんだん劣化していくし、デッキもなくなっていき、見られなくなる日はいずれくるので、デジタル化していたほうがいいということです。 ─どのように保管したらいいですか? 個人でデジタル化できますか? シンプソンさん カビがはえやすく、熱に弱いので、涼しくて、暗い、通気性のいい場所が大事です。 デッキがあれば個人でも可能ですが、デッキがない場合などは再生環境を整えるのが難しくなっています。デッキは今、まともに動くものは3万円以上しますし、出費はかなりかさみます。本数が大量でなければ、業者に依頼した方が割安だと思います。 データはデジタル化してクラウドにあげておくのが、保存方法としては理にかなっていると思います。DVDなどの媒体も、いずれ再生できなくなる可能性はありますから。【久保勇人】 日本全体には、超高齢化社会の到来を象徴する「2025年問題」が深刻な影を落としています。1947~49年の第1次ベビーブームに生まれた「団塊の世代」=約800万人が全員、75歳以上になり、少子化もあって、国民の5人に1人が後期高齢者に、3人に1人が65歳以上という人口構成になる見通しです。 すでに労働力の不足、年金、医療保険、介護保険といった社会保障費の増大、大都市と地方の格差など、私たちの暮らしや社会、経済の骨格に深刻な影響が広がっています。近い将来には、71~74年に生まれた団塊ジュニア世代が65歳になる「2040年問題」も控えています。まさに社会の大きな転換点といえ、難問山積です。 ◆久保勇人(くぼ・はやと)1984年入社。文化社会部、アトランタ支局、スポーツ部など経験。