「存在証明がなくなる」 消えゆく産業慰安所、募るやるせなさ
毎日新聞 2026/10/6 10:00(最終更新 10/6 10:00) 有料記事 2331文字
夕張炭鉱を訪れた地域史研究者の西田秀子さん=北海道夕張市で2026年8月3日、宮間俊樹撮影
アジア太平洋戦争下の炭鉱では、日本が植民地支配していた朝鮮半島の出身者が労働力として強制動員された歴史がある。
朝鮮出身の男性労働者に対する企業側の「労務管理」の一環として、同じ朝鮮出身の女性が配置された性的慰安施設があった。
戦時下における女性の歴史に詳しい地域史研究者、西田秀子さん(75)=北海道江別市=によると、これらの施設は近年、「産業慰安所(企業慰安所)」と呼ばれている。
真実に少しでも近づこうと、7月中旬、西田さんと北海道芦別市にある産業慰安所跡を訪れた。
これまで手がかりの少なかった「産業慰安所」。その実相をたどりました。 ・いわば「性解決所」 戦後81年、「産業慰安所」の実態明らかに ・「稼ぎのいい坑夫には割り引き券が」 産業慰安所、男性たちの証言=7日10時公開予定
・いなくなった女性たち 産業慰安所、現代に共通する性支配の構造=8日10時公開予定
小さな集落に、ぽつんと
雨が上がり、一気に日差しが強くなるなか、1944年に三井鉱山が買収した「高根第二炭鉱」跡地のある小さな集落に、茶色のトタンの長屋がぽつんと建っていた。
「あれが(産業)慰安所だった建物です」
西田さんが指さした。
長屋は全長27メートルにも及ぶ巨大な建物だったが、現在は大半が取り壊され、当時の4分の1ほどの大きさになっている。
全国各地の産業慰安所は時に「憩いの家」などとカムフラージュされ…
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