射殺された17歳 牧師になった同級生が語り継ぐ「幸せ」
1995年の夏の夜、東京都八王子市のスーパーで、アルバイトの女子高校生ら3人が射殺された。未解決のまま、30日で発生から30年となる。犠牲になった高校生の同級生たちは、事件を忘れず、それぞれの人生を歩む。
1人の牧師が礼拝で語る言葉
焼け付くような日差しが照りつける校舎の一角。町田市の桜美林高校で26日、同校2年で事件の犠牲になった矢吹恵さん(当時17歳)への追悼の祈りが今夏もささげられていた。
1人の牧師が、礼拝の参加者に語りかける。
「矢吹さんが生きるはずだった今日がどれだけ尊く、感謝すべきことなのかを受け止める。その思いを一緒に新たにしたい」
牧師は、矢吹さんの同級生の木村智次さん(47)。2015年に、キリスト教の教えを教育に取り入れる母校の聖書科教諭になり、3年前から追悼礼拝で説教をするようになった。自分に託された思いを引き継ぎ、絶やさぬように。
事件当時は「人ごと」
30年前の夏休みのあの日。木村さんが起き抜けに自宅のリビングで手に取った新聞の1面には、衝撃的な見出しの記事があった。
「女高生バイトら3人射殺」
読み進めると、同じ高校で同じ学年の矢吹さんの名前があった。クラスは違うが、名前も、顔も知っている。「まさか」。銃器犯罪に巻き込まれるとは、夢にも思っていなかった。
夏休み明けの9月。学校であった追悼礼拝で、同級生たちは泣き崩れた。その後、同級生有志の「銃器根絶を考える会」が発足した。ただ、木村さんにとっては、どこか「人ごと」だった。
事件から約10年後、母校の文化祭を訪れた。当時は、他校の社会科教諭を辞めて牧師になるため、夜学の神学校に通うなどしていた。文化祭は、考える会で活動する同級生と再会し、来るように誘われた。
知らない間に続いていたこと
校内の教室には、事件に関する新聞記事や銃器犯罪についてのパネルがたくさん展示されていた。考える会のメンバーが用意したものだった。
「自分が知らない間も、ずっと続けてきたんだ」
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