豪州で広がる潜水艦戦力の空白リスク、政府はAUKUS計画のプランBを否定

オーストラリアでは潜水艦戦力の空白リスクについて懸念が広がっており、リチャード・マールズ国防相は「AUKUS計画頓挫に備えたプランBを求める声」を一蹴し、AUKUS計画のバックアップオプションについて「検討していない」と明言した。

参考:No ‘plan B’ for submarines if AUKUS fails, says Defence Minister Richard Marles

オーストラリア海軍はコリンズ級潜水艦をバージニア級原潜とAUKUS級原潜で更新する予定だが、バージニア級の取得は2030年代前半、AUKUS級の取得は2040年代にならないと実現しないため、コリンズ級潜水艦の大規模なアップグレード=Life of Type Extension/LOTEを開始したが、豪シンクタンク=Australian Strategic Policy InstituteはAUKUS計画の遅延やコリンズ級潜水艦の有効性に何度も疑問を呈し、2021年「原潜導入までのギャップを埋めるため日本のおやしお型潜水艦導入を真剣に考えるべきだ」と言及したことがある。

出典:Royal Australian Navy/WOIS Shane Cameron

The Sydney Morning Heraldは5月3日「元国防情報局副局長など複数の上級国防ポストを歴任したリチャード・グレイ氏はASPIの報告書の中で『コリンズ級潜水艦のアップグレード、バージニア級原潜の取得、AUKUS級原潜の取得に関するリスクを管理するため、日本から最新鋭の通常動力型潜水艦をリースもしくは取得するバックアップオプションを検討すべきだ』『このオプションを現実的なものにするには今すぐ交渉を開始する必要がある』『日本から少数の潜水艦をリースすることで潜水艦戦力の空白リスクの大部分は回避できる』と言及した」と報じたが、これはあくまでシンクタンクレベルの提言に過ぎない。

政治レベルでも潜水艦戦力の空白リスクについて懸念が広がっており、影の国防大臣を務めるジェームズ・パターソン上院議員はナショナル・プレス・クラブでの演説で「AUKUS原潜が到着するまでの空白期間を埋めるため、オーストラリアは米国からB-21の取得を検討すべきだ」「我々はB-21の取得を約束したり、政府に要求しているわけではないが検討する価値はある」「オーストラリア空軍がB-21を取得して運用するのに適しているのかどうかは政府しか分からない」「仮にB-21がオーストラリアに適していなくても政府が別のオプションを検討していることを願っている」と語った。

出典:U.S. Air Force

オーストラリアの原潜取得とB-21取得はプラットフォームの特性が大きく異なるため矛盾しているように見えるが、根本的にオーストラリアの原潜取得はF-111退役で喪失した本格的な長距離攻撃能力の再取得であり、シンクタンクレベルやアナリストレベルでは2020年から何度も言及されてきたものの、政治レベルでの言及は初めてなので豪国営放送のABCも「影の国防大臣がAUKUS計画の空白を埋める暫定的措置としてB-21の取得を検討すべきだと指摘した」と報じている。

ただし、政府レベルではAUKUS計画のバックアップオプションを除外しており、豪国防省の高官も今年3月「我々はAUKUS計画を推進するよう指示されている。それが我々の計画でプランBやプランCについては言及しない」と発言したが、リチャード・マールズ国防相もパースで開催されたインド洋防衛安全保障会議で「AUKUS計画頓挫に備えたプランBを求める声」を一蹴した。

出典:U.S. Navy photo courtesy of HII by Ashley Cowan

“AUKUSはオーストラリア史上最大の国防プロジェクトであり、今後30年間で最大3,680億豪ドルの投資が見込まれている。2027年から米国と英国の攻撃型原潜がオーストラリアにローテーション配備され、2030年代には米国がバージニア級潜水艦をオーストラリアに売却し、2040年代にはオーストラリア国内で建造されたAUKUS級潜水艦が就役する予定だ。一部の軍事アナリストや防衛産業関係者の間では将来的にオーストラリアの潜水艦戦力が空白になるのではないかという懸念が強まっている。政府がAUKUSの推進力を維持しようとする一方で、老朽化しつつある現行のコリンズ級潜水艦隊の延命計画に苦慮しているからだ”

“元駐米オーストラリア大使のジョー・ホッキー氏も昨日「バージニア級原潜のオーストラリア引き渡し計画について懸念している」と警告を発したばかりだ。さらに米国の供給能力にも懸念材料がある。国防総省は最近、英国、ポーランド、リトアニア、エストニアを含む欧州の同盟国に対し、対イラン作戦の影響で米国の備蓄が枯渇してミサイルの納入遅延が予想されると警告した。さらに台湾が2019年に発注したF-16Vの初号機も予定より3年近く遅れて今年9月に到着する見込みだ”

出典:海上自衛隊 潜水艦隊

“マールズ国防相は会議の場で「AUKUSは途方もない任務だ」と認めつつも「計画を堅持しなければならない」「方針を二転三転させることはAUKUS計画を事実上放棄することを意味する」「次期潜水艦を日本で建造する、フランスで建造するといった提案が過去にあった。その意味でAUKUSは一種のプランCなのだ」「もし我々がプランDを検討し始めれば、それは実質的なプランCのバックアップオプションではなくAUKUS計画の中止を決断しなければならない局面に達しているということだ」と述べた”

“さらに「人々がこの高額なプログラムの進捗について政府を厳しく追及することは完全に妥当だが、政府の最優先事項はAUKUSを確実に成功させることにある」「プランDやそれ以降の計画に焦点を当てるよりも、問題が発生した際にそれを解決していくことの方がはるかに重要だ」「そうでなければ『結局は上手くいかないで諦める』という結果を簡単に受け入れてしまうからだ」「もしそのような事態になればコリンズ級の後継艦も新たな潜水艦も存在しない状況に取り残されることになる」と警告した”

出典:U.S. Navy photo by John Narewski/RELEASED

オーストラリア海軍トップのマーク・ハモンド中将も「AUKUSを政治問題化すべきではない」「AUKUSを実行する自国の能力にもっと自信を持つべきだ」と述べ、政府レベルで再び「AUKUS計画のバックアップオプションについて検討していない」と明言した。

政府が「AUKUS計画のバックアップオプションを検討しない」と明言している以上、日本からの潜水艦取得も米国からのB-21取得も公式の動きではなく、定期的に登場して豪メディアを賑わせるいつもの話題でしかないし、豪ディフェンスメディアも独自に様々なバックアップオプションを提案する中で「日本からの潜水艦リース」を強く押しているものの、その理由は根拠のない「迅速な取得が可能」という一点のみだ。

出典:Public domain

海自仕様の潜水艦をそのままリースしても、オーストラリアの潜水艦運用インフラは米国製(戦闘管理システム、兵器システム、訓練システム、運用戦術、基地インフラなど)で統一されているため「日本から潜水艦をただ取得する」のと「その潜水艦を運用できるインフラまで整える」のでは話が違い、さらにバージニア級原潜やAUKUS級原潜が到着するまでの「空白」が終われば整備したインフラは無駄になるため、結局のところ現実的なバックアップオプションは「オーストラリアの潜水艦運用インフラをそのまま流用できる潜水艦のリース」しかなく、そんなものはロサンゼルス級原潜かバージニア級原潜以外に存在しない。

一時的な解決は往々にして長期的な解決策に転じることがよくあるため、潜水艦運用インフラ込みで日本からの潜水艦リースを選択し、政治的にも世論的にも「もうそれでいいのではないか」と思い始めると、それはもうAUKUS計画のバックアップオプションではなくプランDになってしまい「F-111退役で喪失した本格的な長距離攻撃能力の再取得」という本来の目的が失われてしまう。

出典:海上自衛隊 潜水艦艦隊

だからこそマールズ国防相は「最優先事項はAUKUSを確実に成功させることにある」という態度をとるのであり、その前提条件となるコリンズ級潜水艦のアップグレードが上手くいくこと、2030年代に予定されているバージニア級潜水艦の引き渡しが遅れないことを祈るしかないのだ。

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※アイキャッチ画像の出典:BAE Systems

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