「性行為が仕事の取引条件になっている」スタートアップ業界で性暴力やセクハラが横行…被害者女性が語る、実名顔出しで“被害の実態”を告発したワケ

 起業と同時に新しい市場やビジネスモデルを生み出そうとするスタートアップ業界で、女性起業家の多くがセクハラ被害を受けているという。

 自身もセクハラを受けた経験があり、被害者のための団体「スタートアップユニオン」を立ち上げた松阪美穂氏に、周囲での被害の実態、セクハラを肯定する女性起業家の存在、スタートアップユニオンの活動などについて、話を聞いた。(全3回の3回目/1回目から読む)

セクハラ被害者のための団体「スタートアップユニオン」を立ち上げた松阪美穂氏 ©山元茂樹/文藝春秋

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自分だけじゃなかった…女性起業家たちのセクハラ被害の実態

ーースタートアップ業界のセクハラについて、起業する前からなにか耳にしたことは。

松阪美穂(以下、松阪) noteがきっかけで、私以外にも起業した女性がセクハラを受けている実態をくわしく知ったんです。

 起業家に「エロは正義」と言われてセクハラを正当化されたことが、どうしても理解できなくて。そのことをnoteで発信しながら、女性起業家の方々にどんな悩みを抱えているのかをインタビューしていったんです。

 そうしたら、多くの方がセクハラに遭われていたり、性差別に悩んでいたり。ただ、どの方も表沙汰にしたくないとのことだったので、それを記事にすることはしなかったんですけど。

 話を聞いて「みなさん、こんなにセクハラの被害に遭っているんだ」と。「これってもう、社会問題なんだな」って思ったんですね。その後にリアルでも女性起業家の方たちに会う機会が結構あって、そのたびに被害について聞かされることが多かったです。

 

「夜中でもなんでも来いよ」投資から夜中に呼び出された女性も

ーー周囲に被害を受けた方って。

松阪 お子さんと旦那さんがいらっしゃるスタートアップ起業家の女性が、夜中に投資家から呼び出された話を聞きました。

ーー夜中に呼び出して、なにをするつもりだったんですかね。どう考えても、悪いことしか待ち構えてなさそうですけど。

松阪 ほんと、そうなんですよ。小さな子どもがいることを知っているのに、「こっちは投資した立場なんだから、夜中でもなんでも来いよ」みたいに誘われたって。そんなの逃げ場がないじゃないですか、投資を受けてしまうと。それはほんとに良くないと思いましたし、「投資家のほうも、モラルってものを持つべきなんじゃないか」って。常識がないなと思いました。

 もちろん、その方は呼び出しには応じなかったそうです。


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ーー「セクハラなんて当たり前」的な考えを持つ女性起業家に会ったことはありますか?

松阪 ありますね。ある先輩女性起業家に「セクハラを受けたらどんな対応を取ったらいいですか」って聞いたことがあるんです。そうしたら「女を使え」と。「女を使ったほうが結局は仕事がうまくいくんだよ」みたいな話でした。「女性であることを使う」って言い方はイヤなんですけど、男性優位社会の中で生き延びるためには、そうするしかなかった時代があったこともわかります。

ーー「女を使え」という方々は、うまく立ち回ってきたわけですか。

松阪 「スルーするものだよ」「気にしちゃダメだよ」「それが賢さだよ」と言われました。そういう女性起業家たちは、うまく立ち回ってきたというのを含めての実績だと考えているところがあるし、かつてはそういう社会だったのだと思います。

 でも「スルーすることが賢い」というのは加害者にとって都合の良い考え方です。そうした思想を広めてしまうと、被害者を黙らせる圧力になってしまう。

 こういうことを言うと、男性だけではなくて、女性も敵に回すこともわかって言っています(苦笑)。だから嫌われることを覚悟で言っているのですけれど。でも、大事なことだし、こういったことを次世代に受け継ぎたくないなと思っています。

 

契約書に「性行為を取引条件にしない」と書いてほしい

ーー仕事するのに性が強引に関わってきたり、思いっきり性欲をぶつけられるのって、単純にどうかしていますよね。

松阪 契約書に「反社じゃないです」とかいろいろ書いてあるじゃないですか。そこに「性行為を取引条件にしない」とも書いてほしいなと思ってて。マーケティングの会社をやっているときも、取引相手から性行為を求められて、断った途端に取り引きがなくなったりとかあったので。

 仮に双方の同意があって性行為をして仕事を契約したとしても、そうした行為によって「性的な関係と引き換えに仕事を得ることに喜びを感じる人がいる」という誤った考え方が広まり、対価型セクハラをしてもいいと考える人がいなくならない一因にもなっています。どうしたら性交渉による契約などをなくすことができるか、今もその点について議論をしています。


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ーーセクハラをする起業家や投資家は、もともと女性嫌悪や男尊女卑の考えを持っているところはありますか。セクハラをしてこなくても、起業しようとする女性に圧を掛けるとか。

松阪 「女と仕事したくない」という人はいます。最初のほうでも話しましたけど、事業計画書を見せに行ったら「なんもわかってないのに、そんなこと言えちゃうんだ」とか「女がこんなのできると思ってんの?」みたいに言われて。

 事業計画書を読んだうえで言われるのなら納得もできますけど、読む前から「そんなのできないよ」とか「女とは仕事しないから」とか言われてしまうのは、いかにジェンダーギャップ問題が深刻かがわかりますよね。

 そういうセクハラをする人の中には、自覚がない人もいます。あと、起業家やスタートアップ界隈の人たちって、「常識がない・クレイジーなほうがイケてる」と言われることもあるので、そういった影響もあるのかなと。

ーー「既存の考え方を持たない。それがイノベーションに繋がる」みたいな。自分の都合のいいように変換していると。

松阪 もちろんゼロイチで何かを生み出したり、イノベーションを起こすために、人とは違う考え方をする必要があるのかもしれません。しかしそれは、倫理観がなくていいとか、人権問題を無視していいという意味ではありません。個人的には、そこを混同している人が多いような印象を受けました。

 あとは、スタートアップ業界って男子校みたいだってよく言われるんです。女性の起業家の比率が圧倒的に低いこともあり、ビジネスシーンなのに平気で下ネタを言う人もいるんです。一般の企業に置き換えて考えれば、それがいかに非常識なことかわかりますよね。

 

「この女は嘘つきだ」「虚言癖がある」と誹謗中傷されたことも

ーー「これって、もう社会問題だな」と思ったから、セクハラに対する法整備を実現させるために署名活動を始めたところも。

松阪 いまだにセクハラの被害を受けても、法律が定まっていないことから、戦えるようになっていないんですよ。そこをきちんと整備してもらいたいなと思って。

 これまでもジェンダーギャップやハラスメント防止のための研修を行ったりはしていたのですが、SNSを乗っ取られたりしたことでネット犯罪が怖くなって、SNSを数年間やっていなかったので、声をあげられずにいました。

 それでも、このままではなかなか変わらないと思い、違うアプローチをしようと署名活動を2024年2月から始めて、そのあたりから声を上げられるようにもなって。同じ年にNHKでスタートアップ業界のセクハラを取材していただきました。

ーーNHKの取材後も、誹謗中傷を受け続けていると。

松阪 「この女は嘘つきだ」とか「虚言癖がある」とか。「過去1年間にセクハラ被害を経験した女性起業家が52%」というデータや統計も出ているのでね。嘘もなにもないんですけど。

 でも、思ったよりDMでなにか言われることは減って、あたたかい言葉もたくさんかけていただけるようになったので、それが支えになりましたね。これまで声を上げてきた皆様のおかげで、時代が変わってきたのかなって。ひとりひとりの活動や声の力は凄いと実感しています。


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 署名もオンラインの署名サイトで始めたんですけど、最初はぜんぜん集まらなかったんですよ。ビュー数は1万くらいあるんだけど、ずっと100筆ほどで止まっていて。それがNHKで取り上げられてから徐々に増えていって、いまは5000を超えて、皆様には大変感謝をしています。これからも皆様と一緒に、ハラスメントなき社会に向けて活動していきたいと思います。

セクハラ被害者が「弁護士に話しにくい」と感じる事情とは?

ーー被害者コミュニティーの「スタートアップユニオン」も立ち上げましたね。

松阪 2024年の3月から仲間と構想を練り始め、10月にプレスリリースを打って動き出しました。1対1で被害者の方からの相談を受けたり、ミーティングしたり。

 被害者の方って、弁護士に話しにくかったりすることがあるんです。弁護士は証拠ありきの仕事ですし、法的なアドバイスをするのが仕事なので、どうしても「もっと証拠はないのか」となってしまいます。でも、精神的にダメージを負っている被害者からすると話すだけでも辛いこともあります。

 弁護士さんもセクハラや性犯罪への知識がある人とない人の個人差があるので、人によっては相談した相手からの言葉によって、もっと傷ついてしまったり、フラッシュバックしてしまったりする場合があって。

 自分と同じような被害者としか話をしたくないって人がいるんです。そういった方に、スタートアップユニオンを利用していただき、頼れる居場所になれたらなと思ってます。

セクハラ被害者の当事者団体「スタートアップユニオン」を立ち上げた

セクハラ加害者がSNSで「セクハラは良くない!」と言い始めた

ーーNHKの番組やスタートアップユニオンの立ち上げで、セクハラ加害者の反応などはありますか。たとえば、「見たよ」とか連絡してきたとか。

松阪 連絡はないですね。でも、SNSで「セクハラは良くない!」なんてことを言っていました。「あなただよ、あなたのことを言ってるんだよ」って思いました。

 その人は私にセクハラを指摘されたら、当時ものすごく逆ギレしてたんですけど、時代的にそう振る舞うのが得策じゃないと気がついたようで、むしろ他の企業よりも早く「ジェンダー、ジェンダー」って言ってましたね。

 それを言い出したことで、良い起業家、良い企業みたいに捉えられて、仕事がうまくいったんですよ。私には口封じの圧力をかけようとしてきましたけど、本当はお礼を言って欲しいくらいです。

 セクハラ加害者の中には、女性起業家の支援を行っている人もいますが、そういう側面を見せるのは一部の人にだけ。ターゲットに対しては、“顔”を変えてセクハラや性犯罪をするんです。

ーーなんだか、アレな話ですね。

松阪 スタートアップ業界って、DEIが遅れていると言われています。DEIって、Diversity、Equity、Inclusionの頭文字で、多様性、公平性、包括性って意味なんですけど、DEIに取り組むことで起業も経営もうまくいくと言われているんですよね。私にセクハラした加害者が、今ではジェンダー問題を積極的に取り扱っていることがそれを証明した事例です。

 ジェンダーギャップ問題や性差別の問題の本質的な解決にはまだまだ遠いので、ハラスメントの撲滅や誰もが夢を追える社会にむけて一歩一歩取り組んでいきたいと思っています。みなさんも一緒に、社会を変えていきましょう!

 

撮影=山元茂樹/文藝春秋

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