コラム:トランプ政策が招くドル不信、その先のシナリオを読む=熊野英生氏

4月のマーケットは、トランプ大統領の相互関税の発表で大荒れになった。熊野英生氏のコラム。写真は19日、ホワイトハウスで撮影(2025年 ロイター/Kevin Lamarque)

[東京 23日] - 4月のマーケットは、トランプ大統領の相互関税の発表で大荒れになった。一時、株式・債券、そしてドルが売られて、トリプル安の展開になった。5月はそうしたショックから徐々に持ち直し、株式とドルは買い戻されている。インフレ圧力が残る中で、米長期金利が上昇したところから元に戻らずに高止まりしている状況である。本稿では、その先に続いていく相場シナリオを考えてみたい。

まず、先読みしやすいのは米株価だろう。4月初めに大きな相互関税率が発表されて株価は急落したが、トランプ大統領はすぐに90日間の猶予期間を与えて、相互関税のレートを当面基本税率の10%に据え置く修正を打ち出した。最初の株安は、高関税がインフレ圧力を生むため、米連邦準備理事会(FRB)が利下げできずに様子見するしかなくなることを不安視させて引き起こされたものだ。

では、7月上旬までに相互関税をどうするかが決まれば、FRBは利下げをするのだろうか。もしもFRBがもっと長く様子見をして、雇用・消費データが悪化してくれば株価はやはり下がるだろう。そして相互関税の交渉の末、7月上旬にかけて大幅な関税率を上乗せすることが決まれば、景気悪化+インフレ圧力が強まり、FRBが利下げしないシナリオになる。逆に、多くの主要国で10%程度の相互関税を適用するという着地になれば、FRBは経済の不確実性が低いとみて、利下げするだろう。こちらは、米株価がさらに上昇するシナリオである。ベセント財務長官は、後者のシナリオで各国に10%程度を課すことを落とし所にして、株価の反発を狙っていると筆者は考えている。

株価には、もう一つの押し上げ材料がある。トランプ減税の延長と拡充である。トランプ氏はこの関税を財源にして減税を実施するつもりなのだろう。各国への相互関税は残るとしても、株価は減税に反応して上昇する可能性はある。その場合、利下げが限定的であっても、夏以降に減税プランが株価を引っ張っていくシナリオが成り立つ。

<米長期金利は高止まりする>

トランプ関税が大幅であっても小幅であっても、いずれにしてもインフレ圧力は生じるだろう。関税率の引き上げが小幅だと、米景気の失速が回避されてFRBの利下げが効果的になる。するとインフレ圧力は徐々に高まっていく。そのため、長期金利はそれほど低下しないとみることができる。

トランプ減税を大規模に行うことは、財政悪化を想起させる。5月16日にムーディーズが米国債を格下げしたことも、トランプ政権が財政拡張に走る姿勢に警鐘を鳴らすものだった。その点でも、今後、長期金利は低下しにくくなると予想できる。

さて、難しいのはドルの行方である。今のところ、米長期金利が高止まりしても、ドル/円レートは金利水準に見合ったほどドル高にはならないようにみえる。潜在的にインフレ率が高い状況下では、実質金利は低くなる可能性がある。今は「悪い長期金利上昇」にみえる。トランプ政権の財政運営が健全だと見られていないことは、たとえ長期金利が上昇したとしても、米長期国債を買ってよいという評価につながりにくい。つまり、下地にあるのはドル安圧力なのだろう。円とユーロを比べると、より買われているのはユーロの方である。ここには、潜在的な円安圧力も根強く残っていて、円が買われにくい構造にあると考えられる。ドル/円レートは、弱いドルと弱い円の綱引きになって、緩やかな円高圧力が生じているのだと理解できる。

<米国弱体化で緩やかな円高>

最後に、先々の為替シナリオを考えたい。トランプ氏はドル安を望んでいる。筆者は、意図せざる結果としてそれが実現するとみる。それは「グレートな国」の通貨だからではなく、インフレで実体経済が弱くなり、長期金利上昇で住宅投資や不動産投資も減退していくから、それに応じて通貨は弱くなっていくことが予想されるためだ。これは、米国への投資機会をも減らし、ドル需要を減退させていくと考えられる。

たとえトランプ減税が拡充されたとしても、その効果によって米経済そのものが強くなるだろうか。むしろ、経済が強さを取り戻さないことによって、財政悪化が問題視されることが警戒される。トランプ関税は、米国に対する政治リスクが大きいことを各国の投資家に印象づけて、ドル保有を徐々に減らしていく流れをつくる可能性はある。中国や他のアジア諸国も今回の波乱によって、ドルの外貨準備を持ちすぎてはいないかと不安を感じ始めたかもしれない。

トランプ氏は貿易赤字を問題視するが、他国は金融収支の黒字、つまりドルへの資金還流の方について、「本当にドルに再投資して大丈夫か」という不信を感じていることだろう。この問題は、国際決済通貨ドルの信用性が、トランプ氏のような人物が登場したことで脅かされてきたのだと考えられる。現段階で私たちはまだ混乱の渦中にあり、ドル体制にどんな構造変化が起きつつあるのかが理解できていないのだと思う。その点筆者は、トランプ氏が自国通貨の信用を担保している米国経済の強さを破壊して、米ドルの価値を徐々に毀損(きそん)させているとみている。円自身も弱くなっている中で、先々は緩やかにドル安・円高が進むと予想する。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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