「それでも語られない」福島の実害。政治家の「汚染水」、“争点にならない現実”【衆院選2026】
福島の復興にとって重要でありながら、2月8日投開票の衆議院議員選挙で福島の候補者たちが「スルー」しているテーマがある。
それが、東京電力福島第一原発から海洋放出されている処理水を「汚染水」と呼ぶ人々によってもたらされた、風評被害や福島差別につながる問題だ。
中でも、福島1区の候補者(前・立憲民主党衆議院議員)は2020年、海洋放出に反対する抗議活動の中で、「汚染水」という言葉に自ら関わったことが明らかになっている。
こうした候補者の過去の言動や、現在の考えを知ることは、投票先を判断する上でも重要な材料のはずだ。
しかし、その是非や認識について、今回の選挙で候補者同士が十分に論戦を交わしているとは言い難い。
福島の人々は、実際にどんな被害を受けてきたのか。候補者は今、その現実をどう受け止めているのか。そして、なぜ他の候補者はこの問題を取り上げないのか。取材した。
「福島の共通認識は震災・原発事故からの復興。そして、風評につながる情報に断固として対峙すること。皆そう思っているはずです」
そう語るのは、福島1区の有権者で、福島県二本松市のラーメン店「若武者」など9店舗を営む山本一平さんだ。原発事故直後から、福島復興の現場に立ち続けてきた1人でもある。
二本松市も東日本大震災で被害を受けたが、山本さんは地震の翌日、2011年3月12日から店の営業を再開した。
「3月12日のお客さんは、たったの3人でした。今でもはっきり覚えています」
その後もしばらく1桁台の客足が続いたが、それでも店を閉めるという選択はしなかった。
とりわけ印象に残っているのは、福島第一原発から近い浜通り地方から、二本松市に避難してきた人たちの表情だ。
「みんなフラフラで、顔に生気がありませんでした。同じ福島県民として、飲食店経営者として、どうにか支えたいと思いました」
支援が本格化するまで、山本さんは近隣の避難所で炊き出しを行った。
店にあった冷凍の豚バラ肉を持ち出し、味噌汁しかなかった献立を豚汁に変えた。子どもたちにはジュースを配った。
「ほんの数日間でしたけど、自分一人でやれることはやりました」
福島を襲う被害の形は、時間とともに変わっていった。
《食べて応援は自殺行為》《福島農家は人殺しになってしまう可能性を考えてほしい》ーー。
SNSでは、こうした非科学的で攻撃的な言葉が飛び交うようになっていた。
それは、単なるネット上の言葉では終わらない。福島の食材自体がリスクとして見られ、避けられる現実につながっていく。
山本さんは、この状況に沈黙するのではなく、正面から抗うことに決めた。風評の影響を少しでも抑えようと、あえて「福島県産」を前面に打ち出すという選択をしたのだ。
原発事故から2年後の2013年、県内のラーメン店とともに「獅子奮迅隊」を結成。 “オール福島”の食材を使ったラーメン「福島鶏白湯」を開発し、日本最大級のラーメンイベント「東京ラーメンショー」に出品した。
「ラーメンは『福島』というご当地性を打ち出しやすく、鶏肉や野菜など一次産業の食材も幅広く使える。養鶏業者や農家、飲食店をつなぐ形で、風評に立ち向かえると考えました」
心ない言葉を浴びせられることも覚悟していたが、そんな心配は杞憂に終わった。
ラーメンショーの期間中、トータル1万1000杯を売り、売り上げ1位を記録。アメリカ・ロサンゼルスのラーメンイベントからもオファーが舞い込んだ。
「安全性や福島の思いを丁寧に伝えれば、むしろ応援したいと受け止めてくれる」。そんな確信が芽生えたという。
しかし、そうした身を削るような12年間の努力を、根底から揺さぶる出来事が起きた。
2023年8月24日、福島第一原発から「処理水」の海洋放出が始まると、中国の国番号「86」からの迷惑電話が福島県内などに相次いだ。
中国当局はこの頃、処理水の科学的な安全性については触れず、「核汚染水」という言葉を繰り返し発信し、危険や不安を煽っていた。
山本さんのラーメン店にも、片言の日本語で「核」「福島」などとまくし立てる電話が大量にかかってきた。多い日は、各店舗で計1000件を超えたという。
「日本語で『バカ』『死ね』と言われ、スタッフも精神的に追い詰められました」
あまりの迷惑電話の数に、電話線を抜かざるを得なかった。
「営業時間を確認したい」「予約をしたい」といった通常の電話にも対応できなくなり、売り上げにも影響が出た。
「危険や不安を煽る『情報』の被害に遭うのは、いつも地元の人々です。補助金にも頼らず、福島の風評払拭に向けて努力してきたのに、また逆戻りしたらどうしてくれるんだ…。そんな思いでいっぱいでした」
山本さんは、福島の魅力を信じ、安全性を丁寧に伝え、あえて「福島県産」を前面に掲げて風評と向き合ってきた。
しかし、非科学的な情報に煽られた「86」からの迷惑電話は現在も続いているという。
「まるで“迷惑電話の聖地”となっているようだ」と頭を抱える。
山本さんが直面したのは、国外からの影響だけではなかった。
日本国内でも、政治家が「汚染水」という言葉を用いていることを知った。しかも、その中には自らの選挙区である福島1区の候補者も含まれていた。
その候補者は当時、現職の衆議院議員(立憲民主党)だった。2020年10月24日、「汚染水の海洋放出に反対します」と記されたポスターを掲げ、処理水の海洋放出に反対するデモ活動に参加していた。
山本さんがこの事実を知ったのは、店に迷惑電話が相次いでいた2023年夏。店の常連客から「これ、知ってる?」と、スマートフォンの画面を向けられた。
「『まさか』という思いでした。福島の政治家が、『汚染水』という言葉を許容していると信じたくなかった」
この反対活動は、今からおよそ5年前に行われたものだ。ただし、当時すでに、「汚染水」と「処理水」の言葉の違いは公的にも示されていた。
例えば、2020年7月の経済産業省の資料には、「『汚染水』と『処理水』は異なる」と明記されている。
「汚染水」とは、原子炉建屋内に溶け落ちた燃料デブリに触れ、放射性物質を含んだ水のことを指す。事故直後から、地下水の流入などによって発生してきた。
一方、「処理水」は、その汚染水を多核種除去設備(ALPS)などで浄化処理した後の水だ。トリチウム以外の放射性物質は、規制基準以下まで取り除かれている。
トリチウムは性質上、ALPSなどで除去できないが、処理水は海水で希釈し、トリチウム濃度を1リットル当たり1500ベクレル未満にした上で放出される。
これは、国基準の40分の1、WHO飲料水基準の約7分の1に当たる。
それにもかかわらず、この候補者が参加した反対活動では、「海が汚される」などと、処理水によって環境への影響が生じるかのような発言も出ていた。
山本さん自身は、処理水の海洋放出に賛成の立場だ。ただし、反対意見を持つこと自体を否定するつもりはない。
それでもどうしても納得できなかったことがある。なぜ、福島の政治家が「汚染水」という言葉に対して、明確に「NO」を示さなかったのか、という点だ。
「『汚染水』という言葉が独り歩きすれば、福島で働き、生活している人たちが影響を受けます。それは、これまでの経験から明らかです」
しかし、デモ活動で「汚染水」と書かれたポスターを掲げた候補者は、これまで自身の行動について公の場で説明していない。
山本さんは、候補者が所属していた政党の福島県連にも連絡したが、「本人に言っておく」との返答にとどまり、その後も具体的な対応や説明はないという。
このことは、メディアで大きく取り上げられることもなかった。前回(2024年)の衆院選でも、論戦のテーマになることはなかった。
なぜ、この問題は選挙の場で語られず、他の候補者も指摘しないのか。
福島県内のある議員は、ハフポスト日本版の取材に対し、「科学的に安全性が認められている処理水を『汚染水』と表現することは、福島への風評や差別を招く点からあってはならない」と語る。
一方で、選挙戦で特定の候補者の過去の言動を指摘すれば、「相手の悪口を言っている」と受け止められ、「自らの票を減らしかねないという空気感がある」と述べた。
「悪口かどうかの話ではありません。何も言わないことは、風評への加担を許してしまうことと同じです」
本来、飲食店経営者としては、政治の話を公に語ることはなるべく避けたい。従業員の生活も背負っている。それでも声を上げた理由について、山本さんはこう語った。
「この候補者には過去の行動を公に説明してほしい。メディアも触れないので、有権者の中にはそんな事実があったことを知らない人もいます。だからこそ、選挙で問われるべきだと思いました」
「私たちの会社も『福島を盛り上げたい』『前を向いて生きてほしい』という思いでやってきました。言葉一つで、地元の人々が積み上げてきたものが一気に崩れる可能性があります。その重さを、政治家にはわかってほしいです」
こうした声を受け、ハフポスト日本版は1月29日、衆院選福島1区に立候補している候補者3人に対し、「汚染水」という表現が与える影響などについて尋ねる質問状を送付した。
その結果、回答があったのは、自民党の西山尚利候補(新人)のみだった。
西山候補は、「汚染水」と「処理水」という表現の違いが与える影響について、「処理水と汚染水では、科学的にも定義が全く異なり、混同すれば新たな風評に繋がりかねない」と答えた。
一方、他の候補の政治活動については、「見解を述べる立場にない」と言及を避けた。
無所属・亀岡偉一候補(新人)にも同様の質問を送っているが、2月7日午前6時時点で返信はない。
中道改革連合・金子恵美候補(前職)には、2020年10月24日に「汚染水の海洋放出に反対します」と記されたポスターを掲げたことなどについても質問しているが、こちらも2月7日午前6時時点で回答は得られていない。