ソフトが勝つ時代、日本は何を売るか──ソニー・ホンダのEV開発中止が問いかけたもの
「AFEELA」は、日本の製造業にとって久しぶりに"夢のある連合"だった。ソニーが得意とするセンサー、映像、音響、コンテンツと、ホンダの車体を開発する能力、安全性、量産能力と言った部分を組み合わせれば、米Teslaとも中国車メーカーとも異なる、日本独自の「SDV(=ソフトウェア・デファインド・ビークル)」がつくれるかもしれない――そう期待させる構想だった。
ラスベガスで開催される世界最大のテック見本市である「CES」の会場で、毎年、少しずつ、ソニーとホンダの夢が現実味を帯びていくたびに、ソフトウェア重視の時代に、日本のものづくりがもう一度存在感を示せるのではないか、と期待してきた。
だからこそ、2026年のCESでも、私は会場を歩きながら、「自動車はどこまで家電に近づくのか」を考えていた。かつて、部品メーカーのエンジニアとして設計をしていた頃、ノートPCは東芝「ダイナブック」、テレビはシャープ、携帯電話は鳥取三洋やパナソニック、プリンタはキヤノンやエプソンといったプレーヤーが存在感を放っていた。しかし、いつしか日本製のハードウェアは価格競争の中で存在感を失い、利益の源泉がサービスへと移行すると、急速に苦しくなった。
家電が強かった時代に遡って考えると、最後に勝敗を決めたのは単体の機能ではなく、その周囲に構築されたエコシステムだった。テレビなら配信、PCならOS、プリンタなら消耗品と保守。製品単体ではなく、その先にある継続的な収益構造を誰が握るかが勝敗を決めた。
そして今、その構図が自動車にも押し寄せている。コネクテッドカーであり、SDVである。最初にその流れを決定づけたのは、ご存知のTeslaだ。イーロン・マスクのすごいところは、00年代の前半、まだスティーブ・ジョブズがiPhoneを発売する前に、クルマが繋がる時代を見据えた車両開発を進めていたという点だ。要するに、単なるEVではなく、クルマがクラウドにつながり、ソフトウェアの更新によって価値が増え続ける世界だった。90年代にパソコンがネット接続で産業を変え、00年代にスマホが人の行動そのものを変えた。イーロン・マスクは、その延長線上にクルマを置いたのだ。
Teslaが手がけたことを、今度は中国に数多いるEVスタートアップが追従し、その淘汰の中で生き残った企業だけが競争力を高めた。内燃機関の伝統に縛られず、最初からEV専用でE/Eアーキテクチャ(自動車のECUやセンサー、アクチュエータなどを統合した設計思想)を組み、SDVを前提に車両を設計する動きが加速した。
前置きが長くなったが、そうした「すべてのものがインターネットに繋がることで産業に変革が起こる」という流れの中で現れたのが、ソニー・ホンダモビリティの「AFEELA」だった。
もともとは、「VISION-S」として、20年にソニーから発表された構想である。22年には、ソニーとホンダが戦略提携を結び、まもなくソニー・ホンダモビリティが生まれた。ソニーがゲーム、イメージセンサー、ロボティックス、エンタテインメントの領域で培った知恵を持ち込み、ホンダという量産車のパートナーを得たことは、日本だけでなく、世界の自動車産業にとっても象徴的だった。だからこそ私は、ホンダのEV戦略見直しが伝わった後も、AFEELAは続けてほしいと願っていた。
ただ、振り返れば、両社が見ていた時間軸と事業の重心は少し違っていたのかもしれない。ソニーはクルマそのものより、移動時間をどう体験に変えるかを見ていた。車内で人が何を見て、何を聴き、何に課金するか。一方ホンダは、自社開発のEVである「0シリーズ」との技術共有を通じて、いかに工場を稼働させていくか、自社ブランドの北米市場の開拓といったことに目を向ける必要があったはずだ。
ホンダ単体でも、24年のCESで独自のEVブランドとして、0シリーズを掲げ、25年には高性能半導体を軸にSDV最前線を走ると語っていた。ただここ半年、ホンダの中国向けEV戦略の発信は弱まり、26年CESで大きな次の一手は示されなかった。欧米の自動車メーカーも、同時期にEV戦略の修正を相次いで打ち出していた。
事業環境の変化も大きかった。バイデン政権時代には、「IRA」(インフレ削減法)によって北米の電動化投資が加速し、米GMや米Fordといったアメリカ車メーカーも電動化に舵を切った。さらに、米国で最も高級車が売れるカリフォルニア州で、「ZEV(=ゼロエミッション・ビークル)」の規制が強化されたことを受けて、当時はEV化が一気に進む空気があった。
ホンダには、過去に「CVCC」で排気ガス規制を突破し、燃料電池車でカリフォルニアのZEV規制のクレジットを稼ぐなど、新技術で先に動けば勝てるという成功体験もある。しかし現実には高金利と価格上昇で米国のEV需要は鈍り、トランプ政権に変わって、政策面でも補助金制度の先行き不透明感が強まった。一方、その間に中国車メーカーが着々と力をつけて、開発速度を競争力へと変えた。ホンダは中国市場向けに競争力のあるEVを送り込めず、北米におけるEV投資の見直しを求められた。
そして3月25日、ソニー・ホンダモビリティは、「AFEELA 1」および第2弾モデルの開発・発売中止を正式発表した。ホンダが3月12日に示した四輪電動化戦略見直しにより、SHMが前提としていた技術基盤の継続活用が難しくなったことが背景にある。つまりAFEELAは市場に敗れたというより、前提としていた共同基盤が先に崩れた。別会社であっても、車両アーキテクチャの根幹をホンダ側資産に依存していた以上、独立して走り続けることは難しかった。
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