「そりゃ成長するわ…」米マイクロソフトのエンジニアが明かす、努力をつらいと思わない人の共通点(ダイヤモンド・オンライン)
米マイクロソフトでエンジニアとして働く筆者は、自分の能力不足を補うには人一倍の努力が必要だと信じていた。しかし、尊敬するエンジニアとの交流を通じて新たな価値観に触れ、成長への考え方を改めた。努力を続けても伸び悩む人が、見落としているものとは。※本稿は、エンジニアの牛尾 剛『持たざる者の戦略 エンジニアがやっている努力を超えた行動設計』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
● 頑張っているのに成長できない… 一流エンジニアとの違いとは? 僕はいいエンジニアになりたい。誰かに「お前はいいエンジニアを目指せ」と言われたわけではない。僕が勝手になりたいだけで、僕が勝手に目指しているだけだ。 当たり前のことでもあるが、これが頭から抜け落ちると「何のためにこんなつらい思いをしているのだ」「こんな努力したくない」と思ってしまい、結局、投げ出してしまうことになる。 誰かに強制されたゴールを、つらい努力をしながら目指すのは苦痛でしかない。けれど、やると決めたのが自分なら「こんなつらい思い」も「こんな努力」も、目指すゴールのためのプロセスの1つに過ぎないと納得できる。 もっといいのは、そうしたプロセスをつらいとか努力だとか認識しないことだ。このことを僕はかずき師匠から教わった。 かずき師匠は僕の尊敬するエンジニアだ。かずき師匠は呼吸するようにコードを書く人で、一緒にハッカソンなどをやったときは、ため息しかでないような実力だった。 僕が書いたコードをチェックしてもらうと、素敵なコードになって返ってくる。いつも楽しそうに技術と戯れている。どうしてかずき師匠はこんなにできるうえに楽しそうなのか。ウンウン唸りながら遅々として上達しない自分と何が違うのか。そこには何か理由があるのではないかと思い、観察し、質問もしてみたところ、いくつかのことがわかった。
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● 「おもんない」ことはやめていい 努力を続けるために必要な視点 僕の努力は、僕が勝手に決めた到達したいゴールにたどり着くためのものだ。だから、それ以外の努力はしない。 たとえば僕は“おもんない”と思うこと、やりたくないことはいつでもやめていいと決めている。これは35歳ぐらいのときに決めたことで、自分の人生1回きりやし、おもんないことに、時間を費やしている暇はない。そうすると、自分がやっていることはすべて「自分がそうするのが好きだからやっている」に変わり、ストレスが激減するからだ。 筆頭に上がるのが、我慢だ。努力の中には、自分が必要だと思って納得してする努力と、意味がないと思いながら他人に強制される努力とがある。後者は我慢と呼ばれるもので、僕はこうしたものはしないと決めている。やりたくないからだ。 もちろん、他人からは強制されない、自分で自分を痛めつけるような我慢もしない。ただ、「やりたくない」と言えない人が世の中にはいる。誰かが断った仕事が、気がつくと自分のところに回ってきている。そういう状況に置かれているような、優しい人たちだ。 「まぁええか」と思えているうちは、受けてもいいと思う。それが自分のスタイルなら、それはそれで全然構わない。でも、それがいつの間にか「なんかおもんないな」「しんどいな」に変わってきたら、そこが動くタイミングだ。我慢する必要はない。 「今はもういっぱいで無理です」と正直に言うのでもいい。自分では言いにくいなら、マネージャや誰か信頼できる人に「こういう状況になってます」と打ち明けるのでもいい。言えないなら、言える誰かにアウトソースすればいい。 自分の「おもんない」に気づいたなら、それを無視しないことだ。 例を挙げていこう。 「この仕事は我慢でしかない」「この会社ではもう働きたくない」と感じたら、辞める。会社を買収するとか内部から変えるとか、そういうゴールもあるだろうが、面倒くさい。辞めるのが手っ取り早い。 辞めると収入がなくなる。だからといって「辞められない」のではない。その会社で働く以外に家賃や生活費を捻出する方法を考え、自分に合うものを選んで実行する。それだけだ。 そう決めた瞬間、今の会社は「辞めるまでのつなぎ」になる。転職活動で1社目にお断りされても、それはフィードバックを得てゴールに近づいただけで、失敗ではない。準備はしなくていいならそれに越したことはないが、そうはいかないから動く。 こうやって考える癖をつけると、何をしてもしなくても自分の選択ということになる。誰のせいにもできないが、そう思うことで、実は気分が軽くなる。 できないと思っていることは、実はやらないと決めているだけ。
自分の決断の結果なのだと気がつくからだ。