コラム:ホルムズ回避のパイプライン建設、経済合理性はあるか
[ロンドン 15日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 中東の産油国は「プランB」を練る必要がある。イランによる事実上のホルムズ海峡封鎖が続けば、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)などの産油国は原油をタンカーで輸出する際に通航料を支払わざるを得なくなる恐れがある。イランが通航料を極端に低く設定しない限り、他のペルシャ湾岸諸国にはホルムズ海峡を回避する代替パイプライン網の本格的な建設に動く強い経済的動機が生まれる。
天然の海上交通路に対する国家による課税は、近代史を振り返ってもほとんど例がない。1936年のモントルー条約の下、トルコは黒海に出入りする船舶に料金を課していない。デンマークはかつてエーレスンド海峡の通航に課税していたが、国際的な圧力を受けて1857年に廃止した。一方、スエズ運河やパナマ運河では通航料を支払う必要があるが、ホルムズ海峡とは事情が異なる。どちらも人工的に掘削された航路であり、維持管理のための費用回収が必要だからだ。
これまでのところイランは、ホルムズ海峡の安全な通航はイラン当局との調整次第だと説明し、通航料を公には設定してはいない。しかし料金を課す余地は十分にある。同海峡が長期間にわたり閉鎖されれば、湾岸の産油国は年間で数千億ドル規模の損失を被る恐れがあり、この点はイランが航行再開の条件を巡る交渉で長期的に優位な立場に立ち得ることを意味する。
通航料収入を正確に見積もるのは難しい。過去1カ月間で実際にホルムズ海峡を通過した船舶はわずかで、このうち少なくとも1隻が200万ドルを支払ったとされる。これは米紙ニューヨーク・タイムズがイラン高官2人の話として報じた、イランが目指す通航料と同じ水準だ。海事情報サービス大手のロイズ・リストによると、紛争前には原油、石油製品、液化天然ガス(LNG)を積んだタンカーが通常、1日あたり最大50隻、年間で約1万8250隻がホルムズ海峡を通過していた。この前提に立てば、船舶の通航量が紛争前の水準に戻った場合、イランは最大で年間370億ドルを手にする可能性がある。
もっと控えめな試算もある。イランの課す通航料が1バレルあたり1ドルになるという前提に立つものだ。紛争前には1日あたり約2000万バレル相当がホルムズ海峡を通過していたが、既存インフラを使えば、そのうちの半分程度を代替ルートへ振り向けられる可能性がある。そこで、1000万バレル分に1ドルを課すと仮定すると、年間で約37億ドルとなる。これは現実的に考え得るイランの収入額の下限に近い。
この程度の「比較的軽い」年間通航料であっても、長期的に見れば金額は大きく積み上がる。
仮に、イランに毎年37億ドルを25年間にわたって支払い続けるとする。将来支払うお金は、時間が経つほど現在の価値が小さくなるため、ここでは割引率5%―これはサウジアラビアの10年物国債の金利におおむね相当する―を用いて現在価値に引き直す。すると、この25年分の通航料を「今支払う金額」に換算した総額は約540億ドルとなる。問題は、このかなり控えめに見積もった数字が、イランと対立する湾岸諸国にとって、通航料の支払いを避けるためにホルムズ海峡を迂回する原油パイプラインを建設するのに十分な動機になり得るかどうかという点だ。
難題の一つはルート設定だ。サウジが既に持つ、紅海沿岸のヤンブー港まで延びる全長1200キロ、輸送能力日量700万バレルのパイプラインを単純にもう1本増やしても、新たな問題が生じる。湾岸諸国は依然として、イエメン近海のバブ・エル・マンデブ海峡を通過しなければならず、この周辺地域は親イラン武装組織フーシ派が実質的に支配している。そのため新旧パイプラインがさらなるドローン攻撃にさらされるリスクが高い。
Map showing new potential oil pipeline route in Gulfこうした課題を踏まえ、米ライス大学ベーカー公共政策研究所のガブリエル・コリンズ氏は、包括的な回避策を提案している。コリンズ氏の構想は、直径56インチのパイプライン2本(それぞれ輸送能力は日量500万バレル)を総延長1800キロにわたり敷設し、南部イラクからクウェート、サウジとUAEの沿岸部を経て、最終的にオマーンのドゥクム港とサラーラ港まで原油を運ぶというものだ。これにより紅海とペルシャ湾にある両方のチョークポイント(海上交通の要衝)を回避し、インド洋を通じて原油を湾岸諸国の主要なアジア市場へ自由に輸送できる。ただし、この計画は完成までには最長で7年を要し、巨額の費用がかかる。
コリンズ氏によると、パイプライン本体と送油ポンプ設備だけで建設費は180億ドルにのぼる。さらに、プロジェクト開発費として120億ドル、工期遅延や技術的トラブルに備えた予備費として70億ドルを見込むほか、ドゥクム港とサラーラ港に新たな積み出しターミナルを建設する費用が約80億ドル、重要区間を防衛するための防空システム整備に約100億ドルが必要とされている。
総額は約550億ドルで、25年間にわたって支払うと仮定したホルムズ海峡通航料(現在価値で約540億ドル)とほぼ同水準だ。つまり、こうしたパイプライン計画は、イランへの通航料支払いを回避できるという点でみれば、長期的には「元が取れる」可能性がある。実際には通航料がさらに高額になる可能性もあり、敵対国への依存を断ち切ることには金額では測れない戦略的価値がある。
Graph showing costs of a new Gulf pipelineサウジやUAEのような巨額の資金力を持つ国にとっても、これらの投資は非常に重い負担だ。しかも、脱炭素に向けてエネルギー転換を進めている中で、いずれ縮小するはずの化石燃料のために新たなインフラを構築することになる。仮に建設に踏み切ったとしても、パイプラインが稼働するまではイランに通航料を支払い続けなければならない。
それでもなお、サウジアラビアと周辺諸国がパイプライン建設に踏み出すのは、理にかなっているように見える。ブリューゲル研究所の分析によれば、ホルムズ海峡の通航料を支払う負担の80%以上は湾岸諸国が背負うことになる可能性が高いからだ。また、新しいパイプラインの建設費用についても、各国が「将来どれだけそのパイプラインを使うか」に応じて分担することもできる。
別の見方をすれば、こうした数字はイランにとって「取り得る最大額」を示しているとも言える。イランにとって合理的なのは、湾岸諸国が新パイプライン建設に踏み切らないギリギリの水準まで、通航料を引き上げることだろう。
もちろん、今後7年の間に情勢が大きく変わる可能性はある。トランプ米大統領は既に、イランが通航を許可した船舶に対する封鎖を実施しており、戦争がさらに激化した末にホルムズ海峡が再び完全に開放される可能性も否定できない。しかし、イランがホルムズ海峡周辺で「非対称戦」を仕掛ける能力を持ち、容易に譲歩しないことは証明済みだ。たとえ、緊急時への備えとして550億ドルもの資金を投じる必要があったとしても、サウジとその近隣諸国にとって、ある程度の地政学的な余裕を確保する投資として十分に見合う額だと言えそうだ。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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George Hay is Breakingviews’ EMEA Editor, based in London. He manages the team in Europe, the Middle East and Africa, and also covers the global energy transition. His previous roles have included European Financial Editor coordinating banking coverage during the euro zone crisis and the global financial crisis. Prior to Breakingviews he worked for AFX News and United Business Media, and has an undergraduate degree from Edinburgh University and a Graduate Diploma in Economics from Birkbeck, University of London.