【コラム】トランプ氏の信奉、プーチン氏の思うつぼ-チャンピオン

トランプ米大統領は9日の米FOXニュースとのインタビューで、自分ほどロシアに対して厳しい態度を取る者はいないと語った。そして米国とウクライナの当局者が今週、サウジアラビアで会合を開く準備を進めていた中、筆者はその主張を検証することが有益ではないかと考えた。

  トランプ氏は1期目の2018年に、37基の対戦車ミサイル「ジャベリン」を210発のミサイルと共にウクライナに送った。非殺傷性の支援のみを提供するオバマ政権の方針を覆すものであり、ジャベリンは少数ながらも、22年2月から3月にかけてロシアがウクライナの首都キーウの制圧を試みた際には防衛で重要な役割を果たした。

  トランプ氏は1期目に対ロシア制裁も科した。米ブルッキングス研究所によれば、トランプ氏が1期目に講じた対ロ措置は52件。同氏のロシアに対する好意的な発言とは相反する多さだった。

  しかし、それはトランプ政権の1期目でのことだ。重要なのは、トランプ氏はプーチン大統領との関係を強化したように見えることだ。ボブ・ウッドワード氏の著書「WAR(ウォー) 3つの戦争」によると、トランプ氏は1期目の退任から2期目が始まるまで、7回も電話で話している。ブロマンスという言葉は、この2人の関係を表すには漠然とし過ぎており、軽薄な響きがある。むしろ、トランプ氏が以前から抱いていたプーチンへの尊敬の念と、米民主党や欧州のリベラル派に対する苦悩を分かち合う新たな、深い絆が混ざり合ったものと言えるだろう。

  筆者は、米国とウクライナの関係が崩れた2月28日の記者会見を何度も見直した。ここで幾つかのことに気づいた。まず、一部で主張されているようなトランプ氏が事前に仕組んだ罠ではないということだ。

  この会談を台無しにしたのはバンス米副大統領だ。バンス氏の「口撃」によって、トランプ氏はその場を取り仕切らざるを得なかった。トランプ氏が心から話しているように見えたのは、ゼレンスキー氏がプーチン氏を残酷な殺人者と表現したことに対して、プーチン氏を擁護した場面だけだった。

  トランプ氏の発言はこうだった。「ちょっと待て、私と同じくプーチン氏はとんでもない経験をした。ロシア、ロシア、ロシアと利用され、でっち上げの魔女狩りに巻き込まれた。彼が経験したのは民主党のペテンで、それを切り抜けた。われわれは戦争にならなかったし、プーチン氏はそれを経験した」。

  ソ連の元スパイであるプーチン氏に共感し、それを同氏が破壊しようとしている国の元首への攻撃に使う神経がどのようなものか、筆者には考えもつかない。だが、トランプ氏がプーチン氏との個人的なつながりを感じ、1期目の後でそれを強めたのは明白に思われる。

  疑いの余地がないのは、ホワイトハウスに復帰してからのトランプ氏のロシアに対する強硬さは大きく変化したように見えることだ。プーチン氏はウクライナ侵攻の停戦協議の条件をいくつも挙げている。中核となるのは、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)非加盟、領土併合の容認、さらにウクライナ国内に分断の種をまき、ゼレンスキー氏を政権から追い落とすことを目的とした違法な選挙の実施などだ。トランプ氏はいずれの条件も容認あるいは強く要求している。一方でゼレンスキー氏がホワイトハウスで、将来的な侵攻に対する安全保障の確約という自らの条件を主張しようとすると、トランプ氏はウクライナへの軍事的・情報提供の支援をすべて取りやめた。

  この結果は、ウクライナ軍の犠牲という形で直ちに跳ね返った。さらにウクライナの防空システムを突破するロシアのミサイルも増えた。トランプ氏はFOXに対し、窮地に立たされたウクライナは生き残れないかもしれないとあらためて語ったが、気にしていないという態度は明らかだった。

  これこそ、プーチン氏が明言するロシア側の最終的なゴールだ。つまり、独立した主権国家としてのウクライナの終わりだ。また、欧州と接する新たな長大な国境に沿ってロシア軍の兵士やミサイルが大規模に展開することになり、欧州にとっても悪夢だ。

  一方のトランプ氏は、プーチン氏を熱烈に称賛している。ロシアに対して公に圧力がかけられたのは、プーチン氏が停戦協議に応じない場合、さらなる制裁を課すという脅しだけだ。ウクライナへの対応とは対照的だ。制裁を一段と厳しくしたところで、昨年の米ロ貿易は35億ドル(約5200億円)しかなく、影響は微々たるものだ。

  もしウクライナの当局者がサウジアラビアでの交渉で、トランプ氏は自分たちを見捨てただけでなく、敵に寝返ったのではないかと心配しているとすれば、その懸念はもっともだ。楽観的に考えれば、こうした展開の背後にあるのは、有能なビジネスマンとしての交渉術を駆使し、自分がその場において最も賢い戦略を持っていると信じるトランプ氏の思い込みだ。ゼレンスキー氏は話が通じず、排除すべき障害となっているという考え方だ。しかし、不動産と地政学は同じではない。ビジネスは勝つか負けるかだ。会社は倒産するかもしれないが、また別の会社を立ち上げればいい。

  国際情勢では人が死に、国が崩壊する。予期せぬ展開が多く、ほとんどのディール(取引)は本当の意味で完結することはない。

  これ以上に極めて悪いシナリオは、トランプ氏が自分のゲームを理解している場合だ。つまり、同氏は意図的に東欧を勢力圏としてロシアに譲り渡し、経済的・イデオロギー的なライバルとみなす西欧を弱体化させ、カナダやグリーンランド、メキシコ、パナマに対する米国の支配力強化につながる新たな国際規範を打ち立てようとする展開だ。どちらのシナリオかは、すぐに分かるだろう。

(マーク・チャンピオン氏は欧州、ロシア、中東を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Putin Has Faced Tough US Presidents. Not This One: Marc Champion

(抜粋)

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