戦争しない国に「頑張ってちょうだい」 福田康夫さんの「遺言」
前首相の石破茂さんの事務所には、5人の元宰相の写真が飾られている。
田中角栄、竹下登、橋本龍太郎、小泉純一郎の各氏とともに、福田康夫さんの写真も並んでいる。
角栄氏は石破さんを政界に誘った。竹下氏は石破さんの結婚披露宴の主賓。
橋本氏は一時は自民党を離れた石破さんが復党を認められた時の党総裁。
小泉氏は防衛庁長官として石破さんが初入閣した時の首相である。
各氏と比べれば地味なイメージの福田さんとは、どんな接点が? 2021年に取材した時、雑談の中で石破さんに聞いてみた。
話は08年にさかのぼる。2月に海上自衛隊のイージス艦が千葉沖で漁船と衝突し、漁船の船長とその長男が犠牲になった。
時の防衛相は石破さん、首相は福田さん。事故やその後の防衛省の対応が批判され、石破さんの即時辞任を求める声が強まっていた。
「事故からしばらくして福田先生がご遺族のお宅を訪れた。一人でね。先生はご遺族から『辞めることが責任を取ることではない。再発防止に力を尽くしてほしい』との手紙を託された。福田先生も私を信頼してくれて、私をとどまらせたんです」
当時の記事をあさると、08年3月2日のことらしい。警護や秘書官は外に待たせて遺族と対面した。目に涙が浮かんでいた、と報じられた。
「私も毎年、ご遺族のもとにお邪魔させていただいているんですが、ある時『福田さんにもぜひ』と、たくさんの魚介類をお土産に持たせてくれて。それで福田先生のもとへ持っていって、一緒にいただきました」
永田町の人たちには「クセがある」「冷淡」「『友達』が少ない」などと評されることのある2人だが、そんな一面がある。
アジア友好のベース
その福田さんが亡くなった。
初めて事務所にお邪魔したのは15年春先のこと。政治部の大ベテラン記者としてならした松田喬和さん(当時は毎日新聞特別顧問)の取材にくっついていったのだった。
何せ「あなたと違うんです」の人である。気難しいのだろうな、と思っていた。
松田さんがアジア外交について福田さんに聞き、僕がやりとりを本紙夕刊「特集ワイド」の記事にした。
靖国神社問題など、敏感な話題も書いたから、あるいは抗議されるかしら、と身構えていた。
掲載紙とともに礼状を福田さんに送ると電話がかかって…
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