「絶望を救うのは…」 踏切で死亡した車椅子女性 受け継がれた思い

踏切事故で亡くなった石川水緒さん=たてヨコ愛媛提供

 障害者と健常者の心の壁をなくそうと活動してきた車椅子ユーザーの女性がいる。2025年春、講演会で登壇するのに備えて美容院に向かっていた途中、踏切で列車にはねられ、帰らぬ人となった。

 女性と活動をともにしてきた仲間たちは精神的支柱を失い、悲しみに暮れた。だが、女性が活動に込めた「絶望を救うのは小さな優しさ」との思いを胸に、再スタートを切っている。

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 亡くなったのは松山市の会社員、石川水緒さん(当時41歳)。

 母いづみさん(71)によると、3姉妹の三女で甘えん坊だが、「野良猫をほうっておけないような優しい子」だったという。

車椅子生活に

 28歳の時にパニック障害や対人恐怖症を発症した。勤務先の会社の人間関係などが一因で、家族は退職を勧めたが周囲に迷惑を掛けたくないと働き続けた。

 生きるのがつらくなり、32歳の時、自ら命を絶とうとした。一命はとりとめたものの、体がまひする障害が残り、車椅子生活となった。

 死ねなかったことを悔やんだが「それなら生きるしかない」と、リハビリ施設に入所。職員に励まされ、約4年かかって仕事ができるほど回復した。

優しさに触れ、生きる力

飲食店を訪ね、心のバリアフリーステッカーへの協力を求める石川水緒さん(左)=たてヨコ愛媛提供

 車椅子生活になっても人に対する恐怖心は消えなかったが、意を決して街に出たところ「手伝いましょうか」と声をかけてくれる人が多いことに気付いた。冷たい言葉や視線を浴びせられることもあったが、気遣ってくれる優しさに触れる度、生きる力が湧いてきた。絶望を救ったのは、小さな優しさだった。

 障害があっても楽しく生きられることを広めたいと笑顔を心掛けて生活していた。ある日、障害で自宅に引きこもる息子がいる母親に「どうして明るくしていられるの」と泣きながら聞かれ、あるアイデアを思いついた。

 世知辛いこともあるが、実は手助けしてくれる優しい人もいる。そのことをわかりやすく示せれば、他の障害者の不安を取り除けるのではないか。20年冬、車椅子でも入店可能な店を増やし、店先にステッカーを貼ってもらう「心のバリアフリー ステッカープロジェクト」を開始した。

 プロジェクトが主眼に置くのは、階段や段差をなくす設備面のバリアフリーでなく、困った時に手助けしてくれる人を増やすことだ。ルールや制度を変えるのは困難だが、心の段差をなくすことは誰でもできるという発想だ。

 石川さんが所属する異業種グループ「たてヨコ愛媛」のメンバーも協力し、協力店は徐々に広がり、今は愛媛県内外で計670店に拡大。店はインターネットの専用サイト(https://tj-matsuyama.com/sp39/)で閲覧できる。

講演に備えて外出中に

事故が発生した踏切=松山市で2025年10月5日午後1時42分、広瀬晃子撮影

 石川さんが亡くなった事故は3月23日、JR予讃線の踏切で発生した。5日後の講演活動に先立って美容院に行こうと、午前8時前に自宅近くの踏切を渡ろうとした時、通過中の普通列車にはねられた。

 外出の際は必ず踏切を渡らなければならない。その日は福祉タクシーがつかまらず、バス停に向かっている最中だった。

 いづみさんが警察から聞いた話によると、車椅子の前輪が線路のレールの溝にはまってしまい、身動きがとれなくなったとみられ、列車の運転士が懸命に脱出しようと試みる石川さんの姿を見たという。

 この踏切で立ち往生したのは今回が2回目。前回はたまたま通りかかったトラックの運転手に助け出されたという。

100人以上が弔問

心のバリアフリーについて講演する石川水緒さん=たてヨコ愛媛提供

 市内であったお別れ会には、県内外から100人以上が訪れた。「すごくお世話になったんです」。弔問者は涙を流していづみさんに感謝を伝えたという。

 多くの人との交流を通じて、前向きに生き、慕われた娘の姿に、いづみさんは「困っている人をほうっておけないのは昔から。惜しまれて亡くなったのがせめてもの救い」と目を潤ませる。

 石川さんの死に、ステッカープロジェクトをともに進めていた仲間は深いショックを受けたが、「悲しんでいても彼女は喜ばない」と9月下旬にプロジェクトを再開した。石川さんの遺志を継ぎ、健常者と車椅子生活者が街を歩くイベントや講演も継続していく計画だ。

 車椅子やベビーカー、手押し車の利用者ら弱者が踏切事故にあわないための対策を講じてもらうよう、鉄道会社にも働きかける計画だ。メンバーの松山市職員、岡野祐介さん(40)は「互いに立場の違う相手を思いやる心やバリアフリーを広めることが彼女の願い。天国で喜んでもらえるよう、自分たちができることで実現をしていきたい」と力を込めた。【広瀬晃子】

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