ヒグマ防除隊の隊長「ヒグマ駆除は一枚岩でなければできない」 北海道猟友会の決定への「本音」とは
クマによる人身被害が相次ぐなか、駆除を担ってきた猟友会が揺れている。先月、北海道猟友会は、自治体などと連携が不十分な場合、出動を拒否するよう全支部に通知する方針を決めた。最前線でヒグマに立ち向かうハンターは、どう感じているのか。
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出張中にヒグマ防除隊「出動」要請
自治体からのヒグマの駆除要請はいつも突然だ。
「たくさんのお客様の前で電話がかかってきて、『すみません、出動になっちゃいました。ごめんなさい』『えー』っていう感じで駆除に出ることが何度もありました」
札幌市で90年の歴史を持つ日本茶専門店「玉翠園(ぎょくすいえん)」。笑顔で接客する代表取締役の玉木康雄さん(62)にはもう一つの顔がある。北海道猟友会・札幌支部の「ヒグマ防除隊」の隊長だ。
2022年3月下旬に出動要請があったときは、東京出張中だった。会議が終わり、羽田空港で札幌行きの飛行機に乗ろうとしていたとき、玉木さんはスマホを見てぎょっとした。20件ちかい着信履歴があった。猟友会のメンバーからだった。
折り返すと、「クマが出たから、明日はよろしくね」。集合場所と時間が告げられ、電話は切れた。
緊急性の高い事案だった。遊歩道もある市民の憩いの場、三角山(標高311メートル)で、男性2人がヒグマに襲われて負傷したという。
「クタクタの体で自宅に帰って、ライフル銃を用意したのを覚えています」
昨年度、北海道では9人がヒグマに襲われ、うち2人が死亡している。札幌市のヒグマの出没件数は227件で、過去最多だった。ヒグマ防除隊は12回、のべ65人のハンターが出動した。
ヒグマを確実に止めるには
クマ駆除にハンターの協力は不可欠だ。
だが、11月25日、北海道猟友会は、自治体などと連携が不十分な場合、出動を拒否するよう全支部に通知する方針を決めた。背景には、北海道猟友会・砂川支部長であるハンター男性の、控訴審での逆転敗訴がある。砂川市の要請に応じて出動した男性は、住宅の方向に発砲したとして猟銃所持の許可を取り消された。男性は処分の取り消しを求めたが、2審の札幌高裁が男性の訴えを退けたのだ。
玉木さんは「詳細はわからない」としながらも、「関係者の間で、さまざまなボタンの掛け違いがあったのでは」と推察する。
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市街地でのクマの駆除にはいくつもの困難がともなう。鳥獣保護管理法は市街地での猟銃の使用を禁止している。ハンターはみずからの判断で発砲することはできないため、警察官が警察官職務執行法に基づく発砲を命じる。
その際、銃弾が後方に飛んでいくのを避ける「バックストップ」と呼ばれる地面が必要とされるし、跳ね返った弾が住宅や車に当たらないよう、軌道を計算しなければならない。
「市街地で発砲する場合、その違法性を阻却(そきゃく)できる証拠が揃わないと、私たちに手錠がかかってしまいます」
玉木さんらは、発砲にいたる全ての記録が残るように準備を整えてから、任務を遂行する。
22年9月、札幌ドームの敷地内でヒグマが目撃され、防除隊が出動した。札幌ドームは幹線道路に囲まれている。どこへ撃っても、「市街地のど真ん中で発砲、という状況」だった。
玉木さんは「今回のミッションは、警察官職務執行法に基づく発砲になると思います。それでよろしいですか」と関係者に切り出し、了承を得た。3人のハンターの背後には警察官のほか、札幌市や調査会社の職員が張り付いたという。玉木さんは言う。
「クマの駆除は、行政、警察、猟友会が一枚岩でなければできないのです」
心臓を撃っても向かってくる
玉木さんは、ヒグマを駆除できるのは、「猟友会のメンバーだけ」と話す。
警察の特殊部隊(SAT)や自衛隊の隊員は銃器の取り扱いに慣れてはいるが、発砲の目的は犯人の確保や効率よく兵力を削減することで、相手を殺す訓練は受けていない。
さらにヒグマを駆除する場合、その動きを熟知し、「バイタルポイント」と呼ばれる急所を確実に撃ち抜く必要がある。バイタルポイントとは、脳(脳幹)や心臓、肺などだ。
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「もし、弾がバイタルポイントを外れれば、惨劇になりかねない。クマに反撃されるだけでなく、手負いになったヒグマが市街地に放たれるということですから」
クマの頭を射撃して脳幹神経を破壊すれば、確実に動きを止められる。だが、頭蓋骨は分厚く、狙いが少しでも外れれば、弾ははじかれてしまう。急所を狙うといっても、部位によってはリスクもあるということだ。
「クマがこちらに向かってくるとき、頭部の解剖図が頭に浮かんで、『この角度から撃てば脳幹神経に到達するな』と冷静に判断して射撃できる人でないと、頭は撃たせられません」
そのため、ハンターは心臓や肺などを狙って撃つことが多いが、仕留めるのは容易ではないという。
「興奮して、口から泡を吹きながら向かってくるような場合、バイタルポイントに命中しても、1発だけではとても動きを止められない。弾を5発ほど放ってようやく静止したヒグマもいました」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)