平井堅、5年半ぶり「Ken’s Bar」 声だけで勝負 圧巻の110分間
「瞳をとじて」などの大ヒット曲で知られるシンガー・ソングライター、平井堅(53)が約5年半ぶりとなる企画公演「Ken’s Bar」を横浜アリーナで開催。伴奏陣はいたが、ほぼアカペラに近い異色のアレンジで臨み、会場を埋めた1万2000人の観客を声だけで魅了した。
「Ken’s Bar」は、通常の公演とは異なる選曲、楽器編成などで聴かせる特別なライブ。アルコール飲料やソフトドリンクを飲みながら音楽を聴くユニークな空間を演出する。
平成10年から始め、前回は令和3年。コロナ禍でオンラインの無観客開催だった。有観客は元年12月以来。今回は「デビュー30周年記念」も掲げた。
ピアノとギターだけ
照明が消えた。ピンスポットの中、スツールに腰掛け、左手にマイクを握り、右手を右太ももの上に載せた平井が、アカペラで「even if」を歌いだした。
この曲は、Ken’s Barのテーマソングだというバラード。開幕で総立ちになった観客が、すぐに腰を下ろし、じっと歌声に耳を傾けた。途中からピアノが伴奏をつけたが、再びアカペラに戻り、エンディングでまたピアノが歌に寄り添う構成。
続く「楽園」は、アコースティックギターが伴奏。前半は、こうしてピアノとギターが交互に伴奏をつけた。
そして「瞳をとじて」は、ピアノの導入部が始まると大きな拍手で迎えられた。大ヒット映画「世界の中心で、愛をさけぶ」(平成16年)の主題歌。平井の代表曲といえるバラードだ。サビの最後、しゃくりあげるような節回しの部分が独特で、何度聴いても感情が揺さぶられる。ピアノの終結部が終わるのを待ち切れず、観客が大きな拍手を送った。
25分の休憩をはさむ前後半という構成。前半の最後は、これも大ヒットしたバラード「思いがかさなるその前に…」だ。ピアノの前奏。最後にぽつんと残された1音がゆっくりと減衰していく。だが、途中でピアニストがフットペダルから足を外した。とたんに無音が会場を支配した。その瞬間、「ねぇ」と呼びかける歌詞で始まる歌が滑り込んできて、平井の歌声が空間を満たした。
この曲だけ、途中で伴奏がギターだけにスイッチしたのも面白かった。
声に対抗する伴奏
後半の1曲目は、バンドが登場。アップテンポの「POP STAR」が、にぎやかに始まり、平井が客席に登場。観客の間を練り歩いて歌い、会場のボルテージが一気に上がった。
声のすごさを再認識させた平井堅=(中央)横浜市港北区(提供/岩佐篤樹撮影)後半の4曲目「哀歌(エレジー)」から、すごみが増した。この曲は、なんとエレキベースだけを従えて歌った。サビの部分のベースのフレーズが、歌の旋律に絡みつき躍動した。ポール・マッカートニーのようなこのベース奏者は、星野源らのサポートで知られるハマ・オカモトだった。
ドラム、スラップ奏法中心のハマ、ボーカルの平井の3人だけという、これもユニークな編成で「メリー・ゴー・ラウンド・ハイウェイ」を披露。裏声を多用しながら強靭さを失わない平井の歌唱の力があればこその挑戦だろう。
「Love Love Love」は、バンドが戻ってきたが、伴奏をつけたのはサビの部分だけ。ほかはやっぱり平井のアカペラで聴かせるという、これまたユニークなアレンジ。平井の歌声とバンドサウンドが対抗しているかのような非常に面白い構成なのだ。
歌手として30歳、人として53歳
「なんか無愛想なコンサートで、ごめんなさい」。ここで、平井が語り始めた。
7年5月13日にシングル「Precious Junk」でデビュー。「きょうで、歌手として30歳。ここまでこれたことを感謝しても、し尽くせない」と思いを明かした。
「人間としては53歳。よく頑張っていると頭をなでてもらいたい。皆さんもよくぞ頑張ってここまで生きてきてくれました。皆、偉い! つくろわず、こびず、大きく見せることもせず、これからも、そのままでいてください」
この言葉に続けてピアノに誘われ「LIFE is…」が、静かに始まった。これも平井を代表するバラード。人は、なぜ自分を強く見せようとする息苦しい生き方を選ぶのかと問いかける歌だ。
客席は感動に包まれ、アンコールを求める拍手がやまない。これに応えて平井は「ノンフィクション」を歌ったが、今度は弦楽五重奏団が登場して驚かせた。
だが、やはり、これも歌の部分はアカペラだ。弦楽団は、その隙間を狙って〝侵入〟してくるのだ。そして、エンディング。バイオリンやチェロ、コントラバスが弦を震わせ、狂気の叫びのような激しい演奏で曲を締めくくった。
大きな拍手。その中を平井が下手へ上手へ。移動しながら観客に大きく手を振った。センターに戻る。既にマイクはオフになっている。だが、平井は満身の叫び声をあげた。
「どうも、ありがとう!」
最後まで、声で勝負。広い会場だが、後ろの席まで届いただろう。(石井健)
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「Ken Hirai 30th Anniversary Ken’s Bar -One Night Special!!-」
5月13日、横浜アリーナ。1時間50分。