瀬戸内の養殖カキ大量死は「激甚災害級」 広島の被害は300億円、猛暑で高水温・塩分か
冬の味覚を代表する瀬戸内海の養殖カキが大量死している。全国トップの生産量を誇る広島県の一部海域では、夏場の記録的な猛暑と雨不足が引き金になったとみられ、最大9割が死滅。年末年始の需要期にも打つ手がない状況だ。来季以降に影響が及ぶ恐れもあり、関係者は産地消滅の危機におびえる。
売り上げは平年の1割
「こんな状況は初めて。激甚災害に指定してもらいたい」。広島県呉市の景勝地・音戸の瀬戸近くでカキ養殖を営む栗原富士雄さん(77)が実感を込めて語る。この道60年のベテランだ。
11月下旬、水揚げした約3万個のうち、生きていたのは10分の1の約3千個。ほとんどの殻は口が開いて死滅していた。本来ピークを迎える歳暮用の出荷も見通せない。
直売所には、注文の電話が入るが、息子の単(すぐる)さん(46)が事情を説明して断っている。「成育不良と思われがち。そんなレベルじゃ全然ない」。売り上げが平年の1割程度にまで落ち込む可能性もあるという。
国会議員らが現地視察に訪れた際に業者仲間の作業場で大量死の状況を伝える栗原富士雄さん=11月23日、広島県呉市(矢田幸己撮影)大量死の影響は養殖業者だけにとどまらない。
シーズンを前に、スーパーなどの小売店と契約済みのため、納入できなければ卸業者に違約金が発生する。大手業者の従業員は「圧倒的に数が足りない。走り回って集めるしかない」とこぼす。
量が確保できず、カキを返礼品にしたふるさと納税の受け付けを停止した自治体は広島県内外に広がる。
広島市中央卸売市場によると、11月の殻付きカキの卸売数量は1日あたり平均126キロ。昨年の半分程度にとどまる。1キロあたりの価格も平均1645円と約300円値上がりした。
東京商工リサーチによれば、カキの大量死に関し、広島県内の養殖や販売などの関連事業者への影響は約300億円規模になる見通し。全国の飲食や宿泊、観光業への打撃も避けられない。
漁業環境改善は不透明
呉市に加え、主力産地の東広島市を含む広島県中部から東部にかけての海域でみられる大量死の主な原因は「高水温・高塩分」という環境の同時発生だ。
広島県水産海洋技術センターによると、カキは水温20度以上の海域に長時間さらされるとストレスを受ける。今年は夏場に雨が少なく、水温が下がらなかった。海域への真水の流入も限られ、海中における塩分濃度もカキが死ぬとされる3・2%前後で高止まりした。
「2年もの」「3年もの」といわれるように、カキは通常出荷までに数年かかる。来年の出荷分にも既に大きな被害が出ているが、来季の準備のため、利益が出ないと分かっていても、養殖業者はコストをかけて水揚げをしなければいけない。
もっとも、この先、漁場環境が改善に向かうのかどうかは分からない。気候変動に伴う猛暑や少雨は毎年のことだ。廃業を迫られる養殖業者も出かねない。当面の資金繰りに、と給付金を支給する自治体も出てきた。
同センターの推定では、大量死が確認された中部・東部海域では発生していないが、県内屈指の産地で、死滅が「平年並みかやや多い」(水産庁)とされる県西部海域(広島湾北部)では、海水表層と底層で水温差が生じ、酸素の少ない水塊が現れる「貧酸素」も影響したとみられている。
県はリアルタイムで収集した海水温を養殖業者向けのプラットフォーム上で公開し、養殖いかだの位置や水深を変えてもらう「スマート養殖」を推進中だ。活用状況を検証するとともに、死滅のリスク回避へ塩分濃度センサーの導入なども検討する。
若野真センター長はデータに基づく漁場環境管理の重要性に触れ、「今知りたい情報を提供できるかが鍵。未曽有の事態にあって生産者との密な連携は欠かせない」と指摘する。
地域産品の危機に、国も広島県など被害が出ている自治体と協議し、原因究明や支援策の提示を急ぐ構えだ。(矢田幸己)