白血病ウイルスが“ひっそりと感染する“仕組みを解明

(ポイント)

●HTLV-1ゲノム内に、ウイルス自身の遺伝子発現を抑制する機能を持つ「サイレンサー領域」を

 同定。

●サイレンサー領域の除去によりウイルス活性が亢進し、潜伏感染が解除され免疫細胞から排除  

 されやすくなることを実証。

●同サイレンサー領域をHIV-1に導入すると、HIV-1の潜伏性が増加することを実証。 

●HTLV-1潜伏解除に基づく新たな治療戦略への展開が期待される。

(概要説明)

 熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センターの佐藤賢文教授、菅田謙治講師、Akhinur Rahman研究員、新村光輝学部生、小野昌弘客員教授(インペリアル・カレッジ・ロンドン准教授)らの研究チームは、HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)※1が体内で“ひっそりとした感染”を成立させるための分子機構を解明しました。

 日本は、HTLV-1の感染者が特に多い地域の一つであり、このウイルスによる感染症の制御は、我が国における重要かつ緊急の課題となっています。多くの感染者は一生涯にわたり無症状のまま経過しますが、一部の方では、「成人T細胞白血病(ATL)※2」と呼ばれる難治性の白血病を発症することが知られています。HTLV-1は一度体内に侵入すると、自然な免疫の力だけで排除することが非常に難しく、その主な理由のひとつが「潜伏感染」と呼ばれる状態です。これは、ウイルスが自らの存在を巧みに隠すことで、免疫システムからの監視を逃れ、長期間にわたり体内に潜み続ける感染のかたちを指します。今回、研究チームは、白血病ウイルス HTLV-1が体内で長期間ひそかに潜伏できる仕組みを世界で初めて明らかにしました。ウイルスの設計図(ゲノム)内に、自らの活動を抑え込む「サイレンサー(Silencer)領域※3」を発見し、これがウイルス潜伏のカギを握っていることを示しました。

 さらに、HTLV-1のサイレンサー領域を別のウイルス(HIV-1)に移植すると、HIV-1でも潜伏しやすくなることを実証。ウイルスの潜伏解除を狙った新しい治療法開発への道を切り拓く、大きな一歩となりました。

 本研究成果は令和7年5月13日、国際科学誌『Nature Microbiology』に掲載されました。本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)疾患基礎研究課 新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)「多分野融合研究によるHTLV-1感染症のウイルス感染病態全容解明」(課題番号24wm0325068h0002:研究代表者 佐藤賢文)、エイズ実用化対策事業「革新的核酸解析技術によるHIV 潜伏感染機序の解明と克服のための研究」(課題番号24fk0410052h0003:研究代表者 佐藤賢文)からの支援を受けて、熊本大学病院、聖マリアンナ医科大学、国際医療研究センター病院、琉球大学、鹿児島大学、今村総合病院、関西医科大学、英国インペリアル大学との共同研究として行われました。

【詳細説明】

ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は、ヒト免疫系の中核を担うCD4陽性T細胞に感染するレトロウイルスの一種です。本ウイルスは、感染細胞のゲノムDNAに自身の遺伝情報を組み込むという特徴を有しており、こうして宿主ゲノム内に組み込まれたウイルス遺伝子は「プロウイルス※4」と呼ばれます。このプロウイルス状態により、HTLV-1は宿主内に長期間潜伏し、持続感染を成立させることが可能となります。HTLV-1感染者の大多数は無症候のまま生涯を終えますが、約2~5%の感染者においては、数十年にわたる潜伏期を経て、成人T細胞白血病(ATL)と呼ばれる予後不良な血液悪性腫瘍を発症することが知られています。日本は世界有数のHTLV-1感染集積地域であり、現在も多くの感染者がATL発症リスクを抱えながら日常生活を営んでいます。このような現状を踏まえ、ATLの発症メカニズムの解明および新規治療法の開発に向けた研究を国内において強力に推進することが、喫緊かつ重要な課題となっています。 感染の初期段階において、HTLV-1はウイルスタンパクを活発に発現させ、新規感染を拡大させていきます。しかし、これらの感染細胞は、体内の免疫システム、特にCD8陽性T細胞によって速やかに認識・排除されてしまいます。そのため、潜伏感染時に体内に長期間残るのは、ウイルス遺伝子の発現を抑えた一部の感染細胞に限られます。この段階では、HTLV-1は必要最低限の遺伝子のみを発現させることで、免疫からの監視を回避しています。ウイルスが潜伏状態にある間も、感染したT細胞が分裂することで、ウイルスも細胞のゲノムに組み込まれた形で複製され、増えていくことが可能です。本研究では、HTLV-1が潜伏感染状態を保つために重要な働きをする「サイレンサー領域」をプロウイルスゲノム内に発見しました。

 研究チームは、九州の医療機関と協力し、HTLV-1に実際に感染している患者さんの血液サンプルを用いて、感染細胞内でのプロウイルスの状態を「ATAC-Seq(アタックシーク)解析※5」という手法で詳しく調べました。その結果、ウイルスゲノムの中に、「クロマチン※6が開いた領域」が存在することを突き止めました(図1上)。さらにその領域の機能を調べたところ、同領域がウイルス遺伝子の転写を抑える機能を持つサイレンサー領域であることが確認されました (図1下)。同サイレンサー領域にはRUNX(ランクス)(Runt-related transcription factor) ※7を中心に様々な転写因子が複合体を形成することで、ウイルス遺伝子のスイッチを調節していることも分かりました(図2)。

 次に、同領域に変異を加えたウイルスを人為的に作成し、細胞に感染させる実験を行いました。その結果、変異HTLV-1はオリジナルウイルスに比べてウイルス粒子の産生性が増加しており、潜伏感染状態が阻止されたことが分かりました(図3)。

  HTLV-1と同じレトロウイルスであり、ヒトに対して後天性免疫不全症候群(エイズ)の原因となるHIV-1は、感染CD4T陽性細胞でウイルス産生が盛んに行われ、感染細胞に細胞死を誘導した結果、エイズを引き起こすことで知られます。HIV-1のプロウイルスには今回発見されたサイレンサーに相当する領域がなかったことから、2つのレトロウイルスの感染様式を決定する重要な役割を持つことが考えられました。そのことを証明するために、サイレンサー領域を導入した組換えHIV-1を作成し、感染実験を行ったところ、ウイルスの増殖性が低下し細胞死誘導が顕著に阻害されたことから、HIV-1が潜伏感染するウイルスに変化したことが示唆されました(図4)。

               本研究では、次世代シークエンサー※8やシングルセル解析※9といった先端的研究手法に加え、免疫学的解析手法を駆使して、実際の患者検体を高精度に解析する多分野融合型の研究アプローチを実施しました。その結果、ウイルス発見から40年以上にわたり不明であったHTLV-1の潜伏感染メカニズム解明に迫るを重要な知見を得ました。

 また、今回明らかにしたメカニズムは、ヒトレトロウイルスであるHTLV-1とHIV-1が、それぞれ潜伏感染および増殖感染という異なる感染経過をたどる主な要因であると考えられます。本知見は、ウイルスの進化過程および生存戦略を理解する上でも重要な新たな知見となります。(図5:研究概要図)。

 HTLV-1が長期間にわたって体内に潜伏できる仕組みを分子レベルで明らかにした本研究は、HTLV-1感染者における病気の進行や再発の仕組み解明に大きく貢献するものです。また、サイレンサーの機能を標的とすることで、これまで難しかったHTLV-1の治療開発へ向かう新たな道が開かれました。

【用語解説】

※1:HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)

      白血病の一種である「成人T細胞白血病(ATL)」や神経疾患「HAM/TSP」の原因となるウイルス。主にCD4陽性T細胞という免疫の中核を担う細胞に感染する。

※2:成人T細胞白血病(ATL)

HTLV-1感染に起因する予後不良な白血病。非常に長い期間の慢性持続感染を経て、一部の感染者が発症する。臨床病型として、くすぶり型・慢性型・リンパ腫型・急性型の4つがある。

※3:サイレンサー(Silencer)領域

  特定の遺伝子の働きを抑えるDNA領域。今回発見されたのは、ウイルスが自らの遺伝子を抑えるためのもの。

※4:プロウイルス

      ウイルスの遺伝子がヒトの細胞のDNAに組み込まれた状態。潜伏感染ではこの状態が続く。

※5:ATAC-Seq(アタックシーク)解析

      細胞内で“開いているDNA”領域を網羅的に調べる手法。その細胞でどのDNA領域が活発に働いているかを知るのに用いられる。

※6:クロマチン

DNAがタンパク質と結びついた構造で、開いた状態では遺伝子の制御が行われやすい。

※7:RUNX(ランクス)(Runt-related transcription factor)

  血液細胞の分化や増殖に関わるヒトのタンパク質で、ウイルスがこれを利用することで“静かに”潜伏できるようになる。

※8:次世代シークエンサー

高速かつ大量のDNA/RNA配列情報を同時に読み取ることができる高性能なシーケンス技術およびその装置の総称。

※9:シングルセル解析

一つ一つの細胞を個別に取り出して解析を行い、細胞ごとの遺伝子発現やゲノム・エピゲノム情報、タンパク質発現などを明らかにする手法の総称。

(論文情報)

論文名:Intragenic viral silencer element regulates HTLV-1 latency via RUNX complex recruitment.

著者:Kenji Sugata, Akhinur Rahman, Koki Niimura, Kazuaki Monde, Takaharu Ueno, Samiul Alam Rajib, Mitsuyoshi Takatori, Wajihah Sakhor, Md Belal Hossain, Sharmin Nahar Sithi, M Ishrat Jahan, Kouki Matsuda, Mitsuharu Ueda, Yoshihisa Yamano, Terumasa Ikeda, Takamasa Ueno, Kiyoto Tsuchiya, Yuetsu Tanaka, Masahito Tokunaga, Kenji Maeda, Atae Utsunomiya, Kazu Okuma, Masahiro Ono, Yorifumi Satou.

掲載誌:Nature Microbiology

DOI:10.1038/s41564-025-02006-7

URL:https://www.nature.com/articles/s41564-025-02006-7

【お問い合わせ先】

(研究に関すること)

ヒトレトロウイルス学共同研究センター

熊本大学キャンパス

ゲノミクス・トランスクリプトミクス分野

 教授 佐藤 賢文(さとう よりふみ)

Tel:096-373-6830

E-mail:[email protected]

研究室HP:https://kumamoto-u-jrchri.jp/satou/

(報道に関すること)

熊本大学総務部総務課広報戦略室

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