身長155センチ 壁を破った日本初の女性機長、藤明里さんが語る〝忘れられない出来事〟

日本初の女性旅客機長で、今も乗務を続ける日本航空の藤明里さん(提供写真)

バブル期に大量採用されたパイロットらが一斉に定年を迎える「2030年問題」が迫る中、航空人材の確保が急務となっている。日本のパイロットの約98%は男性で、国土交通省は女性パイロット養成に向けた取り組みを強化する方針。パイロットの仕事自体の魅力発信も欠かせない。平成22年に日本で初めて女性旅客機機長となった日本航空の藤明里(あかり)さんは、子供たちにパイロットのやりがいを伝えたいと話す。

旅客機で操縦訓練を行う様子

「必ずパイロットになる道はあると信じていた」と語る藤さん。身長155センチと小柄で、航空大学校への進学は当時の身長制限(163センチ)により断念したが、パイロットを志す気持ちは折れなかった。大学卒業後は女性パイロットが活躍する米国へ渡りライセンスを取得。一つ一つの壁を越えられたのは「あきらめずに道を探し続けたからだ」と語る。

幼いとき、飛行機の窓から見た「もこもこの雲が広がる景色」に感動し、パイロットを夢見るようになった。

高校卒業後は立教大法学部へ進学。ゼミの先生だった女性は、男性だから、女性だからという枠がなく、自分らしさを楽しむ人だった。「パイロットになりたい」と打ち明けると「エレガントに生きなさい」といわれた。

「自分らしさを大切にしなさいというメッセージが込められている気がした。今も人生の指針になっている」という。

パイロット=男性が常識だった

航空大学校の身長要件を満たさなかったため、平成4年に大学を卒業した後は航空会社の自社養成制度に応募する道を考えた。しかし「女性パイロットは養成していない」と門前払いだった。

落ち込んだが、それならば海外での道を探そうと切り替えた。米国に渡り、現地のパイロット養成学校に入った。技術の取得はもちろん、「空を飛ぶ楽しさ」を実感する日々だった。米国の事業用操縦免許を取得して帰国後は、一般企業で働きながら国内の事業用操縦免許も取った。

夢を追う過程では男性から「女性で身長も低いし、眼鏡もかけているからパイロットは無理ではないか」と心ない言葉をかけられたことも。パイロット=男性が常識の「空の世界」で、「女性の活躍をおもしろがらない男性はいた」と打ち明ける。それでもパイロットへの思いが揺らぐことはなかった。

スタート地点に立てた喜び

飛行機の運航管理などの仕事をしながら、就職活動を続けた。チャンスが巡ってきたのは9年。日本航空の子会社「JALエクスプレス」(当時)が免許取得者が応募できる採用制度をはじめた。採用試験に合格し、11年にパイロットとして入社した。「やっとスタート地点に立てたという喜びでいっぱいだった」と振り返る。

フライトの際に意識するのは「安全で快適な空の旅の提供」。悪天候や機材の不調に悩まされることがあっても、乗客から「いいフライトでした」と声をかけられたとき、この上ないやりがいを感じる。機長として全責任を負う重圧を感じながらも、後輩にはいつも「楽しく仕事をするように」と伝えている。

「女性はパイロットになれない…」偏見も

忘れられない出来事がある。約10年前、ある空港でパイロットを夢見る小学生の娘がいる女性客と話したとき。女性から「娘が先生に『女性はパイロットになれない』といわれて落ち込んでいる」と相談され、衝撃を受けた。「今立派に活躍している女性パイロットも男性と同じ条件でがんばってきた。こうした偏見は決してあってはならない」と強く感じた。

今はパイロットという仕事の魅力を子供たちに伝える役割も果たしていきたいと思っている。「飛行機のコックピットから見える景色は、客室の窓から見えるのとはまたちがって、壮大で美しいんだよと伝えたい」(塚脇亮太)

関連記事: