広島・長崎と世界の核 恐怖を理性で駆逐する時
原爆の日に考えたい。「核兵器なき世界」は実現できるのか。
「核を使うぞ」と脅す大国の指導者がいる。開発に血眼になる小国の独裁者もいる。我も我もと野心を持つ国は増えるばかりだ。そんな世界でどうやって――。
今なお1万発余の核弾頭が世界中にあって、それでも戦後81年、使われずにいるのはなぜか。そこにヒントを求めたい。
Advertisement原爆計画を推進したオッペンハイマー博士は、広島・長崎の破滅的な被爆の惨状を知ると、その罪を悔恨し、後に軍縮派に転じた。そして不毛な軍拡競争の行く末を遠望した。
「(米ソは)瓶の中の2匹のサソリのようなものだ」。刺せば刺し返され共倒れになる。自滅覚悟でなければ使えない核兵器の本質を見抜いた。
不毛な軍拡競争を鏡に
米ソの指導者たちは、だから廃絶しようとは考えなかった。強迫観念に駆られて増産を重ね、ピーク時には計7万発まで積み上がった。人類を何度も滅亡させるほどの量だった。狂気の沙汰だ。
気付いた時には経済は疲弊し、軍縮に向かう中で冷戦は終結した。核戦争の危機は遠のいたが、すり込まれた「恐怖の均衡」の概念まで拭い去ることはできなかった。今、目の前には激烈な核競争の世界が再び広がる。
米露は核戦力増強にまい進し、新型兵器の開発を急ぐ。中国は弾頭とミサイルの増産を続ける。フランスは欧州に「核の傘」を広げると宣言し、英国も賛同する。
一方で、世界の核管理を担う核拡散防止条約(NPT)は弱体化し、米露間で唯一の軍縮条約が失効した。国際的な「核の秩序」は崩壊寸前だ。
きっかけは、ウクライナに侵攻したロシアが「核使用の脅し」で世界を挑発したことだった。脅威に感じた主要国が対抗して軍拡競争になだれ込んだ。「恐怖の連鎖」によるパニック状態である。
だが、現実を見れば、何度となく「核使用」をほのめかしながら、ロシアは2022年のウクライナ侵攻以降、一度として使用していない。
バーンズ前米中央情報局(CIA)長官によると、22年秋にロシアが戦術核兵器を使用するリスクが現実にあったという。回避できた理由はいくつかあるだろう。
一つは、国際社会が一致してロシアを非難した外交圧力だ。核使用に反対する中国やインドが説得し、グローバルサウス(新興・途上国)諸国も非難した。国連安全保障理事会では自制を促す議論が何度も繰り返された。それでも使用すれば、国際的な制裁によって国の存続すら危ぶまれただろう。
核戦争に陥る事態を恐れてためらったという見方もできる。当時のバイデン米大統領は「アルマゲドン(世界最終戦争)」という表現で危機感をあらわにした。1発の核爆弾が報復の応酬につながり、ロシアも破滅の道をたどることになりかねない。
「不使用」の規範に力を
そこで考えたい。そもそも核兵器を持つことに意義があるのだろうか。核兵器によって自国の安全を確保する考えを核抑止論という。ウクライナが侵攻されたのは核兵器を持たなかったからだ、と盛んに議論された。
だが、核を持つ国が攻撃された例は枚挙にいとまがない。イスラエルはエジプトとシリアの奇襲を受けた。英国はアルゼンチンによる離島への侵攻を許した。米国は大規模テロ攻撃に襲われた。それでも核が使われたためしはない。
核の効用が「威嚇」にだけあるとするなら、リスクとコストが高すぎる。現実の戦争はドローンなど先端技術が幅を利かす。核兵器を用いる余地はまずないだろう。
核は使えない。その規範の根底にあるのは広島・長崎の原体験である。非核の国際世論が湧き上がるのも、惨劇を繰り返してはならないという理性が働くからだ。
「保有国の指導者は広島に来るべきだ」。「核なき世界」を模索した国連独立委員会のパルメ委員長が広島から世界に訴えたのは1981年のことだ。それから多くの世界や日本の為政者が同じメッセージを発信したが、廃絶への道のりはなお長く遠い。
恐れるのは、記憶の風化である。昨今、「核保有」論がまことしやかに語られ、政治家が先導する。唯一の戦争被爆国を率いる指導者の責任は、非核の実現に向けて行動することにある。