150万年前の古人類の手の化石を発見、道具作りの謎に光 60年前の仮説が驚きの復活
150万年前の初期人類パラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)の手の骨を発見したという論文が、10月15日付けで学術誌「ネイチャー」に発表された。頭蓋骨、歯、足など、さまざまな骨と一緒に見つかり、「つまり、この手は明らかにP.ボイセイと関連しています」と、論文の最終著者でナショナル ジオグラフィック協会のエクスプローラー(探求者)であるルイーズ・リーキー博士らは言う。場所は博士の祖母で古人類学者のメアリー・リーキーが1959年に最初にP.ボイセイを発見したケニアのトゥルカナ湖畔だ。 ギャラリー:謎多き「ほかの人類」たち、顔も復元 今回の発見はP.ボイセイが器用で力強い手をしていたことを示唆している。いかにも頑丈そうな顎(あご)と臼歯から「ナットクラッカー(くるみ割り人間)」の愛称で呼ばれるP.ボイセイが、道具を作ったり使ったりするのに適した手を持っていたことを示す有力な証拠となる。 「この個体が単純な石器を作ったり使ったりするのに十分な精度で岩を握れたという著者らの主張には説得力があります」と、米ワシントン大学の古人類学者のデビッド・ストレイト氏は言う。「これは、パラントロプスが道具製作者であったことを示す、これまでで最も有力な証拠と言えます」。なお、氏は今回の研究には参加していない。 けれどもリーキー氏らのチームは、P.ボイセイが実際に道具を使っていたかどうかについても、この遺跡で発見された石器を作ったのかどうかについても断言はできないとしている。米ストーニーブルック大学の古人類学者で、今回の論文の筆頭著者であるキャリー・モングル氏は、「私たちに言えるのは、彼らは道具を作れただろうということだけです」と言う。 とはいえ、新たなこの解剖学的証拠は、ルイーズ・リーキー氏の祖父ルイスと父親のリチャードが1960年代にほとんど放棄した仮説を復活させるものだ。
メアリーの夫で同じく古人類学者のルイス・リーキーは、1960年の「ナショナル ジオグラフィック」の記事で主張したように、当初はP.ボイセイ(彼自身は「ジンジャントロプス・ボイセイ」と呼んでいた)が自分で道具を作っていたのは明らかだと考えていた。P.ボイセイの化石はルイスとメアリーのリーキー夫妻がこの遺跡で発見した最初のヒト族(ホミニン)だったため、「他に候補者はいなかったのです」とルイーズ・リーキー氏は言う。 ルイスは、P.ボイセイの切歯(いわゆる前歯)と犬歯(食べ物を噛み切ったり引き裂いたりする歯)がとがっておらず、小さいことから、小動物の皮膚や毛皮を裂くのに石器を使う必要があったのではないかと考えた。 「私はそれを事実として知っている」とルイスは記している。「私は自分の歯と爪でノウサギの皮を剥ぐ実験をしてみたが、できなかった」 しかしルイーズ氏によると、ルイス自身も自分の主張に疑念を抱いていたという。「P.ボイセイが道具を使っていたと断定するには、脳が小さすぎたからです」 1964年初頭、リーキー夫妻のチームは別のヒト族の化石を発表した。頭蓋骨の破片から、このヒト族はより大きな脳を持っていたことが示唆された。ルイスはこれを「ホモ・ハビリス(Homo habilis)と呼んだ。「器用な人」という意味だ。 ルイスは数カ月後に同じく「ネイチャー」に掲載された論文で、P.ボイセイもH.ハビリスも石器を作っていた可能性はあるものの、H.ハビリスは先進的な道具製作者で、P.ボイセイはこの地域の「侵入者」にすぎなかった可能性があると結論づけている。 こうしてP.ボイセイは、わずか数年で最古の道具製作者の地位から転落した。 ルイスの息子リチャードと、同じく古人類学者である妻のミーブは、研究プロジェクトをタンザニアから800kmほど北にあるケニア北部のトゥルカナ湖東岸に移した。1969年、彼らはそこでP.ボイセイの頭蓋骨(彼らはこれをアウストラロピテクス・ボイセイと呼んだ)と石器を発見した。父親と同様、リチャードもP.ボイセイと石器との関連については懐疑的だった。 リチャードは1970年の「ナショナル ジオグラフィック」に、「これまでに発見されたものとしては最古の石器がそこにあった。誰が作ったのだろう? アウストラロピテクス・ボイセイではない、と私は感じた」と書いている。 ただし、リチャードがこう考えた根拠は、父親とは違っていた。P.ボイセイのがっしりした顎と巨大な臼歯は菜食中心の食生活への適応を示唆しており、肉や皮を切る道具を考案する必要はほとんどなかっただろうと考えたのだ。 200万〜100万年前、アフリカ東部のこの地域には、P.ボイセイ以外にも、ホモ・ハビリスやホモ・エレクトスなどの古人類が暮らしていた。父親と同様、リチャードも、道具を作ったのは別のヒト族だったと考えていた。 「同じ時代に数種のヒト族がいると、道具の製作者を特定するのは格段に難しくなります」とルイーズ氏。 この疑問に明確に答える唯一の方法は、リーキー家の人々がいつもしてきたように、探し続けるしかない。そして今、彼らはついにP.ボイセイの手を発見した。それは、道具を使うのに適した手だった。 ルイーズ・リーキー氏とモングル氏のチームの発見は、「石器を作り、使っていたのはホモ属だけではないという仮説を裏付けるものです」と、シカゴ大学の古人類学者で、ナショナル ジオグラフィック協会のエクスプローラーであるゼレゼネー・アレムセゲド氏は説明する。