緊張高まるインドとパキスタン…両国が引くに引けない事情 双方へ中国の影響力は?
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インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方で起きた先月のテロ事件を受けて、インド政府は7日の早朝に、パキスタンとパキスタンが実効支配するカシミール地方にあるテロリストの拠点9カ所を攻撃したと発表した。
これに対して、パキスタンのシャリフ首相は「インドの戦争行為に相応の報復が与えられる」として、パキスタン軍は「インド軍の戦闘機5機を撃墜した」と報復を表明した。
「ロイター通信」は、パキスタン側で少なくとも8人が死亡し、35人が負傷したと伝えている。またインド側も「民間人3人が死亡した」と発表するなど、双方に犠牲者が出ている。
■対立の背景…両国の軍事力は?
カシミール地方で頻発するテロの背景に、宗教の対立があるという。それには、インドとパキスタンの国の成り立ちが関係している。
元々、イギリス最大の植民地だったインドは、1947年に土地をヒンドゥー教徒が多いインドと、イスラム教徒が多いパキスタンの2つの国に分離し独立した。
インド太平洋地域の安全保障政策に詳しい、アメリカ「ハドソン研究所」研究員で、東京国際大学・准教授の長尾賢さんによると「そのはざまで揺れていたのがカシミール地方。カシミール地方はイスラム教徒が大半を占めていたためパキスタンに帰属するとみられていたが、当時のカシミールのトップがヒンドゥー教徒だったため、どちらに帰属するか迷っており明確にしていなかった。こうしたなかで、この地域を制圧しようとパキスタンが武装勢力を送り込んできた。そこでカシミールのトップはインドに助けを求めてインド軍が参戦。これをきっかけに第1次インド・パキスタン戦争が勃発し、カシミール地方をめぐっては現在までに3回戦争が行われている」という。
対立を繰り返す両国だが、軍事力には大きな差があるという。
「ロイター通信」によると、インド軍の兵力は約140万人なのに対してパキスタン軍は約70万人と、インドの半分となっている。
また兵器についても大きな差があり、火薬兵器の数はインドが9743門保有しているのに対して、パキスタンは4619門。潜水艦はインドの16隻に対して、パキスタンは8隻。そして空母は、インド軍が2隻持っているのに対して、パキスタンは1隻も持っていない。
ただ、核弾頭の保有数をみるとインドが172発なのに対して、パキスタンは170発と大差がない状況となっている。
インドとの戦争を繰り返し領土の一部を奪われることもあったことから、パキスタンは核開発を進めている。
それでも軍事力で圧倒的な差をつけられているパキスタンは、「千の傷戦略」という軍事方針をとっているという。
これは「強い敵でも小さな傷を1000個つければ弱くなる」というもので、長尾さんによると「これはテロ組織を支援してインドを攻撃させることで、インドの国力低下を狙う戦略だ」という。
インドに対してテロ活動を行う組織が増えた背景に、モディ政権の政策が関係しているのではという指摘もある。
中東のメディア「アルジャジーラ」によると、2019年、インドのモディ首相が“ある政策”を実行。その後、先月22日のテロ事件を起こしたと犯行声明を出したイスラム組織「抵抗戦線」が結成されたという。
その2019年に実行された“ある政策”というのが、モディ政権がカシミール地方を一方的にインド政府の直轄地にするというものだ。
また、そもそもこのカシミール地方に住んでいる人の大半はイスラム教徒だったが、「BBC」によると、モディ政権は2014年12月31日までにインドに不法入国したとするイスラム教徒の市民権を認めないとした。
これらの政策によって居場所がなくなった人々が、テロ組織に流入したと指摘する専門家もいる。
■引くに引けない事情とは?
対立するインドとパキスタンは、引くに引けない状況になっているという。一体なぜなのか、まずはインド国内の政治状況をみていく。
モディ首相率いる人民党は、2014年、2019年の選挙では過半数を獲得したが、徐々に支持率が低下しており、去年は初めて過半数を割った。
そのため、3期目にして初となる連立政権を発足。仮にパキスタンに対して妥協したとみなされれば、政権の中核的な支持基盤であるヒンドゥー至上主義者も“モディ離れ”を起こす可能性もあり、引くに引けない状況だという。
一方、パキスタン国内の政治状況はというと、去年の総選挙で「カシミール問題での妥協拒否」や「汚職の根絶」などを掲げるポピュリズム政党「正義運動」が支援する候補が93議席を獲得し、最大勢力になった。
ただ、そのポピュリズム的主張を警戒するその他の政党が集まり、連立政権を発足させた。
その連立政権から出ているのが、現在のシャリフ首相だ。
それでも「正義運動」の主張の広がりを無視できないため、インドに対して強い姿勢をとっているという。
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■インドの懸念 中国と接近するパキスタンまた、インドが引けない背景には中国の存在もあるという。
「人民網」によると、先月27日、パキスタンのダール外相と中国・王毅外相が電話協議し、カシミール情勢について王毅外相は「パキスタンが自らの主権及び安全保障上の利益を守ることを支持する」と、パキスタン支持の姿勢を強く打ち出した。
また中国の巨大経済圏構想「一帯一路」のもとで中国とパキスタンは連携を深めているほか、中国はパキスタンに武器や軍事技術などを供給しており、インドは敵対するパキスタンを中国が支援していることも懸念している。