NY地下鉄で相次ぐ暴力事件、通勤客の減少に拍車か-経営者も懸念
ニューヨーカーは2025年を不安な気持ちで迎えている。ここ数日、地下鉄構内などで暴力事件が相次ぎ、混乱と無秩序が広がって治安が損なわれているという感覚が強まっている。
米国最大の都市であるニューヨーク市は新型コロナ禍から完全に立ち直ろうとしているが、オフィスビルの空室率は20%近くで推移し、市内のバスや地下鉄の平日の利用者数はコロナ禍前の水準を下回っている。従業員が通勤に不安を抱いていることは企業経営者にとっても大きな懸念材料だ。
JPモルガン・チェースやゴールドマン・サックス・グループなどの大手企業で構成する経済団体、パートナーシップ・フォー・ニューヨーク・シティを率いるキャサリン・ワイルド氏は、ニューヨーク州都市交通局(MTA)は地下鉄の安全性向上に対する支出を増やすべきだと指摘。「MTAにとってはかなり大きな負担だが、働く人々の最優先事項である以上、そこに選択の余地は文字通りない」と語った。
厳しい資金繰りに直面するMTAは、マンハッタン中心部に乗り入れる車両に「渋滞税」を課すことで、公共交通機関の利用を促そうとしている。しかし、通勤が安全だと感じられなければ、MTAはさらに利用者を失う恐れがある。
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MTAのジャノ・リーバー最高経営責任者(CEO)は6日、ブルームバーグ・ラジオに対し、地下鉄ホームにバリアを設置するプログラムを加速させていると語った。同プログラムは約1年前に始まり、MTAによれば、現在は全400駅超のうち14駅にホームバリアが設置されている。
リーバー氏も、地下鉄利用者が不安を募らせていることを認める。大晦日(おおみそか)の夜には、マンハッタン中心部の地下鉄駅構内で男性がホームから突き落とされ、頭蓋骨を折るなどの重傷を負った。その翌日には、複数の地下鉄ホームや車両内で刺傷事件が相次いだ。
数週間前には、地下鉄車両内で寝ていた女性が火を付けられて死亡するという衝撃的な事件も起きている。
コロンビア大学ロースクールの政策研究グループ「バイタル・シティ」がまとめた政府データによれば、2024年は地下鉄利用者にとって少なくとも過去数十年で最も危険な年だった。
ニューヨーク市警(NYPD)のデータによると、2024年の重暴行事件は573件で、少なくとも1997年以来で最多を記録。地下鉄での殺人事件は10件で、前年の2倍に増えた。
NYPDのジェシカ・ティッシュ本部長は6日、ニューヨーク市のアダムズ市長と並んで行った記者会見で、地下鉄の安全性確保に向けた取り組みを強化する方針を表明。200人以上の警察官を地下鉄車両に派遣して専門的なパトロールを実施するともに、犯罪件数の多い50駅のホームにも警官を増員するとし、「これは始まりに過ぎない」と述べた。
ニューヨーク市全体でのホームレス急増も地下鉄の状況を複雑にしている。ホームレスの人々は暴力事件の容疑者になることもあるが、被害者になることも少なくない。
地下鉄利用者の権利擁護援団体、ライダーズ・アライアンスで政策・広報担当ディレクターを務めるダニー・パールスタイン氏は「地下鉄は、他に行く当てのないニューヨーカーにとって、昼夜を問わず最後の頼みの綱となっている。暑さや寒さが厳しい時は特にそうだ」と指摘。「こうした危機に対処するための投資が必要だ」と語った。
マンハッタンにある病院で小児科の作業療法士として働くサマンサ・マスカートさんは最近、地下鉄を利用する際はホームの乗車位置から離れ、柱を背にして立つようにしている。簡単に突き落とされないようにするためだ。
新型コロナ禍の時に乗客の少ない地下鉄で通勤していた当時より、今の方が不安は強いという。「以前は地下鉄でもっと読書を楽めていた」とマスカートさんは語った。
原題:NYC Subway Violence Deters Drive to Bring Workers Back to Office(抜粋)