土星衛星タイタンには微小な生命体がいるかもしれない。量にして小型犬1匹分
土星の衛星タイタンに、地球とはまったく異なる環境でも生きられる微生物がわずかながら存在するかもしれない。そんな驚きの仮説をアメリカ・アリゾナ大学の研究チームが発表した。
タイタンは惑星である水星よりも大きな衛星だが、そこにいる可能性のある生命をすべて集めると、小型犬くらいの量になるという。
その未知の生命はおそらく光合成や酸素には頼らず、「発酵」でエネルギーを得ながら、つつましく生きていると予想されている。
土星最大の衛星「タイタン」は、太陽系の衛星としては唯一豊かな大気があり、なおかつ地球以外で唯一表面に安定した液体があることで知られる、ある意味で地球に似た天体だ。
それゆえに地球外生命の発見が期待される有力候補の1つである。
とは言え、生命にとって必ずしも優しい環境というわけではない。
タイタンに届く太陽の光は乏しく、もちろんきわめて寒い。大気があるといっても、主な成分は酸素ではなく窒素で、液体の川や湖も水ではなくメタンやエタンである。
つまり大気があり液体があるという点では地球に似ているが、現実にはまるで違う異世界なのだ。
それでも有機物である液体メタンとエタンの表面では、太陽光と大気の相互作用によってさまざまな有機化学的なプロセスが起きている。
有機物があるからといって生命が存在するとは限らないが、研究者が期待するだけの環境はある。
この画像を大きなサイズで見るタイタンの予想図 NASA仮にそうした有機化学的プロセスから生命が誕生していたとしよう。はたして、その生命はどのような存在だろうか?
1つ考えねばならないのは、生命が生きるエネルギーを得る方法だ。ここ地球では、植物が太陽の光を利用して光合成を行い、糖を合成するとともに、副産物として酸素を放出している。動物はその酸素を取り込んで、食物から得た糖を分解し、エネルギーを得る。
一方、タイタンに届く太陽の光は乏しく、大気にはほとんど酸素がない。ならば生命はどうやってエネルギーを得ればいいのか?
アリゾナ大学のポスドク研究員アントニン・アフォルダー氏らが着目したのは、「発酵」だ。これは酸素が存在しない環境で微生物が行う行動で、これを通じて生存と増殖に必要なエネルギーを抽出することができる。
これについて同氏はニュースリリースで次のように説明する。
「発酵はおそらく地球の生命の歴史の初期に進化したもので、タイタンで起きたかもしれない未知であやふやな仕組みを模索する必要がありません」
そこでアフォルダー氏らは、仮にタイタンに微生物が存在したとして、有機物の発酵を通じて生存できるのかどうか検証してみることにした。
この画像を大きなサイズで見るタイタンにある液体の湖。液体といっても水ではなく、炭化水素だ/Image credits: ASA検証されたのは、「グリシン」というアミノ酸を利用した発酵だ。グリシンはもっとも単純で、生物学的プロセスによらずとも生成されるアミノ酸だ。
隕石や彗星で見つかっているほか、タイタンの大気を再現した実験でも検出されている。それゆえに、もしもタイタンに原始的な生命が存在するのだとしたら、最初に利用する燃料として有力な候補と考えられるのだ。
モデルに基づく数値解析の結果判明したのは、タイタンの微生物がグリシン発酵によって十分なエネルギーを得られるだろうということだ。
ただし、まったく無条件というわけではない。それがうまくいくのは、グリシンがたっぷりと存在する場合だけだ。グリシンの密度があまり高くないと、利用できるエネルギーはぐっと少なくなる。
また最高の条件であっても、地球のように豊かな生態系を維持することはできない。タイタンには地下海を合わせれば地球の海数杯分の液体があるが、それでもそれが支えられる細胞の数は100兆から10京個程度のもの。
たとえグリシンが効率的に供給されても、タイタンの海全体にわたって存在できる生命の総量は、わずか10¹⁴〜10¹⁷個の細胞、重さにして数kg程度にしかならないという。これは小型犬1匹分の重さだ。
アフォルダー氏は、「非常に小さなバイオスフィア(生態圏)だが、まったく生命が存在しないよりは重要な発見だ」と語る。
たとえそれが1リットルの水に1個以下の細胞しか存在しないほど希薄であっても、生命の存在そのものが大きな意味を持つのだ。
NASAは今後、タイタンにドローン型探査機「ドラゴンフライ」を送り込む計画を進めている。もし本当に“犬1匹分”の微生物が存在するなら、その探査が歴史的発見になるかもしれない。
この画像を大きなサイズで見るNASAのニューフロンティア計画の一環であるドラゴンフライのミッションは、2028年に打ち上げられ、2034年に土星の衛星タイタンに到着する予定となっている。この研究は『The Planetary Science Journal』(2025年4月7日付)に掲載された。
References: Eurekalert / Iopscience.iop.org
本記事は、海外の情報を基に、日本の読者向けにわかりやすく編集しています。