世の中は左回りに設計したほうが快適かもしれない
「なんとなく」のつもりが、実は「みんなそうだった」とは!
東京大学大学院工学系研究科とスペイン・ナバラ大学を中心とする研究チームが、人々はランダムに歩くと上から見て反時計回り(左回り)に動く傾向があることを発見しました。
その割合は全体の6割以上。しかも、明確な理由は不明だというのです。
この研究成果は2026年6月に科学誌『Nature Communications』に掲載されています。
約65%の人が「反時計回り」を選んでいた
もともとこの研究、「反時計回り」を調べようとして始まったわけじゃないんです。
ナバラ大学の研究者たちが最初に取り組んでいたのは、コロナ禍のソーシャルディスタンス問題でした。
「1つの部屋に何人いると、2メートルの距離が保てなくなるか」を知るために、参加者に部屋の中を自由に歩いてもらい、その動きをデータとして記録していました。
ところが、データを解析していると、予想外のことが起きていた。部屋の中にいる人々の動きを平均すると、中心の周りを回転する傾向が見られ、それが常に反時計回りだったのです。
「これは完全に予想外の結果だった」と研究チームは述べています。自然界における集団運動では、時計回りと反時計回りの動きが同程度に見られ、特定の方向への偏りは生じないと考えられていたからです。
この発見をきっかけに、東京大学の研究者も加わり、反時計回りになる原因を探るための実験へと発展しました。
結果、反時計回りに動く人は全体の約65%を占めており、この傾向は正方形・円形・オープンスペースといった部屋の形を変えても、スペインと日本という文化的背景が異なる場所でも、一貫して観察されました。
image: 東京大学ということは、「歩道が左側通行だから左に曲がりやすい」みたいな文化的な話でもない。もっと根っこにある、なにかしら体の仕組みに起因するらしいのです。
さらに驚かされるのが、5歳程度の子どもたちも反時計回りを好む傾向が過去の実験データから確認されています。
つまり、「反時計回り」は経験から学んだものではなく、生まれつきの偏りである可能性が示されたわけです。
利き手でも視線でも性別でも説明できない
研究チームは利き手、片眼遮蔽、性別といった要因を検討しましたが、いずれも反時計回りの偏りの原因としては否定されました。「右利きだから」「右目が利き目だから」といった単純な説明は通用しないわけです。
また、アンケート調査では多くの人が「自分は時計回りに偏っている」と予想しており、反時計回りの偏りは意識的なものでも社会的規範に基づくものでもない可能性が高いことが分かりました。
自分では気づいていないし、むしろ逆だと思っている。それでも体は反時計回りを選んでいる…なんか聞けば聞くほど、ちょっとゾクッとしません?
ただ、全体の傾向を詳しく分析すると、この偏りは言わば「反時計回り派」というような強い好みを持つ少数の個人によって引き起こされている、という可能性も見えてきました。要は、個人レベルで左に寄る人が多数派なため、まるで目に見えない「左向きの風」が吹いているような状態なんですね。
クラピカ理論、正しかった?
この実験結果を読んでいて思い出すのが、漫画『HUNTER×HUNTER』のクラピカの言葉に端を発するネットスラング、いわゆる「クラピカ理論」です(最新刊発売おめでとう!)。
ハンター試験中、右と左に道が分かれた場面でクラピカはこんなふうに言います。「行動学の見地から、人は迷ったり未知の道を選ぶときには無意識に左を選択するケースが多いらしい」。
この「左を選びがち」という性質の背景には、人体が左右非対称である点が関係するという説もあります。心臓が体の左側に位置しているため、無意識にそちらをかばうように左回りを好む、というものです。あるいは、肝臓が右側にあって左に重心がずれるという説も。
ただし今回の東大らの研究では、利き手や性別といった要因は否定されており、「左が多い」理由はまだはっきりとは分かっていません。
クラピカ理論が当たっているかどうかは、現時点では「謎」としか言いようがないのが正直なところです。
「反時計回りの動線」が快適空間を作るかも
この研究、面白いのは単なる「へぇ」なトリビアで終わらない点です。
無意識に動きやすいということは、たとえば歩行者動線の設計は、反時計回りの動きを優先したほうがみんな移動しやすいかもしれません。ここって「なんとなく歩きやすい」とか「買い物しやすい」とか感じる空間は、この性質も影響していると考えられます。
博物館や美術館の巡回路、スーパーやデパートのレイアウト、イベント会場の誘導、駅のコンコースや空港の動線など、みんなで動く場所って結構ありますからね。
研究チームは、この偏りの起源を理解することが、私たちの身体がどのように機能し、どのように環境からの情報を処理しているかをより深く理解する助けとなる、と述べています。
さて、自分の行動はどうでしょう。次に分かれ道が出てきたとき、ぼんやり街歩きをしているとき、ふっと左足を踏み出したときにでも、この話を思い出してみては。
Source: 東京大学大学院工学系研究科