【大河ドラマ 豊臣兄弟!】第27回「本能寺の変」回想 兄弟の不思議な因果に囚われ、散った信長 秀吉と小一郎に託された「安寧の世」

ドラマの一大クライマックスで語られた「きょうだい」

日本の歴史で最もドラマチックで、かつナゾ多き出来事のひとつです。これまでにも物語や絵画、小説、舞台、映画、ドラマ、ゲーム…など考え得るありとあらゆる形式で表現されてきた「本能寺の変」。天正10年(1582年)6月2日早朝に起きた一大クーデターを描いた大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第27回でした。そしてドラマの大きなヤマ場は実際の戦いの直前にもありました。織田信長(小栗旬さん)と主人公・小一郎(仲野太賀さん)の対話。全編のテーマ「きょうだい」に関わる、心に残る場面となりました。(ドラマの場面写真はNHK提供)

「本能寺の変」当時の状況。光秀以外、信長家臣の有力な武将たちは京から離れていました。

兄弟の縁に苦しんだ信長、受け入れた小一郎

徳川家康(松下洸平さん)の接待の席で、甥っ子の織田信澄(緒形敦さん)に毒を盛られる、という危機一髪の事態に遭遇した信長です。怒り狂った末、饗応係の明智光秀(要潤さん)のメンツをずたずたにするほど激しく殴打するありさまで、自ら本能寺への引き金をさらに強く引く結果になりました。四国攻めに派遣されていた信澄をただちに捕らえて腹を切らせるよう命じますが、亡き実の弟で、信澄の父である織田信勝(中沢元紀さん)との因縁がずっとつきまとうことに慨嘆もするのでした。

勝家に命じて信勝を殺害した信長

ドラマでは何度も強調されてきた信勝をめぐる信長の葛藤です。幼少期は仲の良かった兄弟が、周囲の思惑もあって、直接刃を交える戦いにまで発展します。遡ること四半世紀前となる永禄元年(1558年)11月、清須城で弟の命を絶った信長でした。以来、頭を離れることがなかったこの因果が、毒殺未遂事件として再び信長に突き付けられた形です。

弟を失った信長の慟哭は長く耳から離れませんでした

「この血塗られた手でどうやって…」

20年以上もの間、復讐心を完璧に隠し続けてきた信澄の姿に、改めて自分の殺生が周囲の人々に与えてきた傷の深さを思い知りました。妹の市(宮﨑あおいさん)に「また信勝に恨まれる」「わしはどこかで道を誤ったのやもしれぬ」と珍しく弱音を吐いた信長。「3人の娘たちがもう悲しむことがないよう、安寧な世をおつくりください」という市の切実な願いにも、「たやすく言うでない」と声を荒げ、「血塗られたこの手でそのような世をどう作れと。私には壊すことしかできぬ」と悲痛な思いを打ち明けました。「血塗られた」中には比叡山延暦寺の焼き討ちで命を落とした無辜の女性や子供、市の夫で、義理の弟であった浅井長政(中島歩さん)のことも念頭にあったことでしょう。

比叡山延暦寺の焼き討ち 市の夫・長政も手にかけました

兄弟の因縁を起点として、強面でありつつ、内面では苦悩する信長像を一貫して形作ってきたドラマ。説得力のある場面でした。

「憎いというのは慕っていることの裏返し」

この信長の苦悩を理解できるのはあの兄弟しかいない、と考えた市。信頼を寄せる小一郎(仲野太賀さん)と信長がじっくりと話をできる機会を演出します。そこで「兄を憎しんだことはあるか。殺したいと思ったことはあるか」と真正面から小一郎に問うた信長です。その問いの背景を分かっている小一郎は「それはしょっちゅうでございます。できもしないことを引き受けてはすぐに泣きつく。何度死にかけたか分からない。今、思い出しただけで憎らしくて」と率直に語りました。本当に何度も三途の川を渡りかけた小一郎の半生でした。

大沢次郎左衛門の説得では、兄のために自らの命を投げうつ覚悟も 金ヶ崎の退き口。藤吉郎が自らしんがりを志願した結果、小一郎たちは絶体絶命の状況に追い詰められました 松永久秀の説得でも、あわやの場面に遭遇

「到底、敵わない兄を持った弟の気持ちはわかる」

そもそも武士になったのも、兄に無理やり付き合わされたもの。以来、桶狭間、墨俣、大沢次郎左衛門、金ヶ崎、姉川、松永久秀…と何度もあわやという死地を彷徨いました。憎いと思い、それでも兄を放っておけない弟でした。「憎いというのは慕っていることの裏返し。信勝さまもきっとそうだった。信勝さまは上様を恨んではおりませぬ」。さらに小一郎でなければ言えないセリフが続きます。「私には、到底敵わない兄を持った弟の気持ちが分かります」。滅茶苦茶であろうが何であろうが、この兄にはかなわないという確信と諦念。だからこそ反発し、またついて行きたいと思うのが弟というもの。経験に裏打ちされた小一郎の言葉でした。

兄弟の縁に生涯、苦しんだ信長に対して、葛藤もありつつ受け入れた小一郎という鮮やかな対比でした。小一郎の確信に満ちた話ぶりに、信長は「お前の口車にはのらぬ」と言いつつ、にやりとしました。本能寺の変を前に、「信勝さまは信長さまを恨んではいない」という言葉を餞として受け取ることができたのは、彼にとってせめてもの救いになったのかもしれません。

「豊臣兄弟!」の核心は「きょうだい」の不思議

「父の仇を討つ」という動機のある信澄が光秀に働きかけ、「本能寺の変」を起こさせたのではないか、という見立ては以前からありました。「豊臣兄弟!」では信澄の工作に先立ち、信長と信勝の兄弟の因果をより掘り下げて描いていた結果、「信澄関与説」がより説得力をもって迫ってくることになりました。「豊臣兄弟!」はやはり「きょうだい」のストーリー。親子でなく、夫婦でもなく、友人でもない「きょうだい」というものが持つ不思議な縁がこれからも語られていくのでしょう。

この頃から変わらない「豊臣兄弟」のありよう

義昭に見捨てられ、そして爆発 光秀

一方の主役の光秀。信澄から「信長を討つべき時」と持ち掛けられ、無謀だと押しとどめようとしますが、その言葉にはもう力がありませんでした。信澄が偽造した「信長を討ち取るべし」という義昭名義の手紙(御内書)を受け取っても、信長に報告しなかったことが自分と同じ気持ちである何よりの証拠、と信澄に指摘されてしまえば、反論の余地はありません。光秀の中にも反逆の芽は十分すぎるほど育っていたのです。

女子供も容赦しなかった比叡山の焼き討ち、長宗我部元親との約束を反故にしたこと、そして家康の接待の席での面罵と暴力…。

「本能寺の変」の動機として、この家康の接待の席で腐った魚を提供してしまい、信長の激しい怒りを買った光秀が仕返しとして企てたという「怨恨説」がよく話題になります。後世の創作と考えられている見方ですが、「豊臣兄弟!」では信澄による暗殺企図という新たなモチーフを合体させ、この仮説を巧みにリブートさせた格好です。

この信長の所業で、謀反に向けた怒りのメーターは十分に振り切ったかのように思えましたが、そこは理知的な光秀。もうひとつ自分を納得させる材料が必要だったのでしょう。

不遇のどん底にいた自分を認め、引き上げてくれた恩人であり、同時に光秀が親のような気持ちで支えてきた将軍・義昭(尾上右近さん)。一生を決める判断をめぐって、この人の意見を聞きたいと思うのは当然のことだったでしょう。しかし、帰ってきた答えは「もう、わしを巻き込むな」という突き放したもの。最後の堤防も脆くも崩れてしまいました。その言葉を聞いて呆然とし、心底嘆き、そして絶望的な哄笑へ。

「敵は本能寺にあり」。それ以外の選択肢が無くなった、光秀の心境を鮮やかに表現した要さんの演技が出色でした。

家康の抱えた葛藤にも注目

久しぶりの登場で、「甥っ子による伯父に対する暗殺未遂事件」「主君から滅茶苦茶に暴力を振るわれる重臣」という衝撃的な現場に出くわすことになった家康です。人違いで自分が殺されたかもしれない、というあわやの場面でもありましたが、「さすが家康」という危機管理能力の高さ。薬効に通じた人らしく、不審な食べ物を口に入れることはありませんでした。

ここで驚かされたのは、家康も毒を隠し持っていた、というストーリー作りです。盤石とも思えた信長との同盟関係でしたが、信長に対する深い恨みを隠し持っていたという点で、家康は信澄と大差なかった、という表現でした。3年前の天正7年(1579年)、武田への内通を信長に疑われ、正室・築山殿と嫡男の松平信康が死に追いやられるという、家康にとっては生涯、忘れることのできない事件が起きました。毒を隠し持っていたのは「その気になればいつでも(信長を)殺めることができる、と思わないと自分を抑えられない」から。内に秘めた葛藤が、今となっては家康の原動力になっているのかもしれません。「妻と子を手にかけてまで生き延びた。こんなことで台無しにはせぬ」という強い気持ちをもらした家康。本能寺の変後の大ピンチもしのぎ、その先には豊臣兄弟との激しいつばぜり合いが待っています。

信長、最期に思い描いたのは…

光秀勢による襲撃、と聞かされた信長。焦るでもなく、怒るでもなく、運命を淡々と受け入れる、という表情でした。まさに「是非もない」という心境だったでしょう。現場で軍を統率したのは腹心の斎藤利三(内藤剛志さん)。光秀は本能寺の現場には臨場せず、京の南部で全体の指揮をしたという近年の説を採用したようです。

追い詰められた信長。深い因縁のあった人々が、幻のように浮かんでは消えていきました。

幻といえども、結局はそれぞれを討ち果たしてしまう信長。「壊すこと」だけの生涯から逃れることはできなかった、ということでしょうか。

光秀の幻影には「お前じゃない」。自分を継ぐものとしては、兄弟が念頭にあった、という意味でしょうか。

因縁の弟の信勝の幻は違いました。息子の信澄の太刀から信長を守ってくれました。そして。

「兄上、われらの一生、ロクなものではございませんでしたな」。互いに笑いあってのお別れとなりました。人生の終幕でようやく呪いから逃れられた信長を象徴しました。小一郎の言葉のおかげです。

最期に脳裏に浮かんだのはこの兄弟。「安寧な世を作るのは、お前たちにまかせた」ということでしょう。有名な「是非もなし」という言葉を最後の台詞に持ってきたのも、兄弟への思いを込めた、ということかもしれません。

一貫して揺るぎのないキャラクターを演じきった小栗旬さん、大河ドラマ史に残る見事な信長でした。「本能寺の変」の表現史に新たな1ページが加わりました。

「本能寺焼討之図」 歌川延一画 明治時代 東京中央図書館蔵

本能寺は京都の別の場所に移転しており、当時の寺跡には碑などがあります。わずかに往時をしのばせています。

いよいよ中国大返しへ

ドラマはいよいよ名高い「中国大返し」へと進みます。京からは直線距離で200㌔近く離れた備中高松城にいる秀吉たちです。時間との勝負が待っています。

備中高松城跡(岡山市) 「赤松之城水責之図」 歌川国芳画 東京都中央図書館蔵

今回は小一郎が京都にいた、という設定に注目です。どんな展開が待っているのでしょうか。

(美術展ナビ編集班 岡部匡志、撮影・岡本公樹) 【参考文献】「現代語訳 信長公記 下」(太田牛一著、中川太古訳、新人物往来社)、「人物叢書 織田信長」(池上裕子著、吉川弘文館)、「戦国武将合戦事典」(峰岸純夫、片岡昭彦編、吉川弘文館)、「信長徹底解読 ここまでわかった本当の姿」(堀新・井上泰至 編、文学通信)、「羽柴秀長 秀吉の天下を支えた弟」(柴裕之著、角川選書)、「羽柴秀長とその家臣たち」(黒田基樹著、角川選書)、「豊臣秀長 『天下人の賢弟』の実像」(和田裕弘著、中公新書)、「織田信長合戦全録」(谷口克広著、中公新書) <あわせて読みたい>

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