日高屋の「分かち合う資本主義」徹底解剖。「家でつくるより安い!」ギリギリ価格で提供し地域に貢献+社員には赤字でも「3回目のボーナス」支給(東洋経済オンライン)

ライター・編集者の笹間聖子さんが、誰もが知る外食チェーンの動向や新メニューの裏側を探る連載「外食ビジネスのハテナ特捜最前線」。 第17回は日高屋の根幹にある「分かち合う資本主義」を紐解く。 【あわせて読む↓↓前編】 「サラリーマンの天国」日高屋に高齢者が殺到する“異変”?  《420円中華そばで年商600億円の凄み》「ちょい飲み発祥店」、変化のワケを深掘り ■赤字60億円でも貫いた「3回目のボーナス」  多くの企業は年に2回ボーナスが出る。しかし日高屋には「3回目の」ボーナスがある。毎年2月に支給される「成長分配金」だ。2022年2月期の決算から支給されはじめたが、実は名前を「決算賞与」から変えただけ。2008年から17年間、1年も欠かさず支払われてきた。

 「年に27億、35億と、2年連続赤字だったコロナ禍もずっと渡していました。通常、成長分配金は、目標としていた利益額を超えた分をすべて従業員に還元する形を目安に支給していますが、コロナ禍は当然目標を超えることなどできなかった。だから内部留保から少額ですが出しました」  運営会社であるハイデイ日高の青野敬成社長は、そう苦しい時期を振り返る。  60億円赤字でも、成長分配金を払い続けたのはなぜなのか。そこには、創業者の会長、神田正さんから受け継ぐ信念がある。

 「事業をやるからには、企業が成長するだけでなく、その成果を社員にも還元すべき」という、「分かち合う資本主義」と呼ばれる考え方だ。  喜びも苦しみも従業員と分かち合う。儲けた分は還元する――。だから、誰もがしんどいコロナ禍こそ、支給して社員を支えたのだ。「決算賞与」から「成長分配金」に名前を変えたのも、その信念を社員に伝えるためだという。 【写真】日高屋を徹底解剖! 料理や店内の様子など(9枚)  「2022年に神田から話があって、成長分配金という言葉にしようと。決算賞与と言うと、貰って当たり前みたいになってしまう。給料の一部にしてもいいんでしょうけど、それだと面白みがない。名前を変えることで、『成長して利益が出た分は分かち合い、みんなで目標以上の高みを目指そう』という理念がより伝わり、モチベーションや定着率が高まるのではと」


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 現在、新卒・中途を合わせて年間220人ほどを採用するなかで、アルバイトからの登用は30〜40人。約1割を占める。  「分かち合う資本主義」の信念を貫くために日高屋は、ここ数年無借金経営を続けている。新規出店も、毎年20〜30店舗と着実な数だ。「減価償却のできる範囲での出店数」を守っている。  出店には1店当たり約7000万円、年間20店舗だと約14億円かかる。この金額をずっと、「再投資できる金額枠」として使っていく手法をとっているのだ。

 それ以上の費用をかけると支払いが増え、悪循環になりかねない。拡大リスクを最小限に抑え、無理なく堅実な成長を目指している。それが結果的に、会社にとっても従業員にとっても継続的な利益になると考えている。  「一気に店舗を広げないことは、大切なモットーです。事業にはゴールがなく、ずっと継続しなければならないもの。いかに会社と従業員の資産、給与を守っていくか、成長していくか。それを考えれば目先の拡大よりも、ずっと成長し続けられる未来を描くことが重要なんです」

 そのモットーから内部留保を貯めていたからコロナ禍も経営基盤がびくともせず、無借金経営を続けられた。新規出店も止めず、数は減らせども続けたそうだ。  とはいえ物価高の昨今、支払いが増え、内部留保も今後目減りしていく可能性は否めない。これからは、内部留保を価値の未来に変えられる、M&Aなどへの投資も視野に入れていく考えだ。 ■52年目にして初の本格FC展開へ   この新たな投資の一環として2026年には、新潟でのFC展開がスタートする。地元企業の株式会社オーシャンシステムと契約し、2026年4月に店舗オープンが決まっている。

 これまでの日高屋は、直営にこだわってきた。FCは、10年以上働いた元社員が「社内独立制度」で経営する6店舗のみ。FC展開するとマニュアルがあったとしても、利益を出すために試行錯誤するなかで味やサービスに統一性がなくなることを懸念してのことだ。  「個人オーナーではなく、中華料理店のノウハウがある企業様との提携のため、おまかせしてもいいのではと。これからオーシャンシステムの方に厨房業務、サービス業務共に研修を行ってマスター資格まで取ってもらい、最終的に3人、店を運営できる人を育てた状態でオープンします」


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 今期で言えば、ハイデイ日高は2026年2月期の決算予想として売上高600億円を掲げており、営業利益としてその10%を得ることが目標だ。それを超えた利益額を目安に、社員に還元される。  前年、2025年2月期は売上高556億円を達成し、成長分配金を支払った後も営業利益率9.9%を確保している。 ■ベトナム人SNSにある「日高屋グループ」  日高屋の経営を支えているのは成長分配金を渡す相手、すなわち人材だ。人手不足が叫ばれる飲食業界だが、人材獲得競争に負けない施策も万全だ。2021年から5年連続でベースアップをしていることもあり、雇用は比較的安定している。

 他方で、採用は海外の特定技能人材に注力。現在、従業員の中で外国人が占める割合は35%。アルバイトも含めた従業員約1万3000人のうち、3500人が外国人だ。その大半がベトナム人だという。  なぜベトナム人かと尋ねると、ひとつは単純に、ベトナム人の口に日高屋の味が合うそうだ。フォーが主食の箸文化なので、親和性が高いのかもしれない。ベトナム人のSNSサイトに「日高屋グループ」ができており、辞める時も後任を紹介してくれるそうだ。紹介料も用意している。

 加えて、女性採用割合30%以上という目標を設定し、女性の採用にも力を注ぐ。  新卒採用においては、2018〜2024年の7年連続で目標をクリア。男女や国籍の区別なく昇進が可能なキャリアアッププログラムも用意している。接客と調理、2つの分野で研修があり、試験を受けて、レギュラー、シニア、マスターの資格を取って等級が上がっていく仕組みだ。等級に合わせて賃金が上がり、店長を目指せる。  管理職についても、2029年に女性比率を10%にすることを目標に掲げており、今年も2人の女性が社外取締役に加わった。

 また、アルバイトにも手厚い。アルバイトをホテルなどに集めて行う「感謝の会」を年に数回エリアを変えて開催し、会社の戦略や方向性を経営陣自ら説明。直接触れ合い、意見を交換することを重視している。  そこで共感を示したアルバイトや普段から目をつけていた人には、採用チームが「社員にならないか」と声をかけている。  青野社長自身、アルバイト時代、この「感謝の会」の前身の経営計画発表会に出席し、「この会社は向こう10年は伸びるだろう」と感じて入社したそうだ。


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 味の統一のため、麺やスープなどのオリジナル商材は日高屋のセントラルキッチンから配送。野菜などに関しては、鮮度の高い地元のものを使って、カットなどの加工はブランドで統一した形で行ってもらう。  青野社長は「このFC店が成功するかどうかによって、今後が変わってきます」と緊張をにじませる。成功すれば、新潟はもとより東北で展開する構想を立てている。ゆくゆくは、西日本に出店を進めていきたい考え。その行方を占う重要な一歩だ。

■「420円」を死守! 「家で食べるより安い」の声  日高屋のいう「分かち合う資本主義」は従業員に向けてのものだけではない。ビジョンとして、「食を通して地域社会活性化に貢献する」を掲げており、社会インフラ的な役割になることも目指している。  一方で、物価上昇を受けて、従業員の給料も上げなければならない。その原資のため値上げも実行した。2024年12月には、約7割の商品を3.9%程度値上げ。それでも中華そば420円、生ビール390円という安価を守る。米が高騰するなかで、白飯はお茶碗一杯210円だ。

 「いかに来店した方が次も来てもらえるかがうちの生命線です。いつでも誰でも食べられる値段で提供したい。人件費と原価が一定の割合で守られる、ギリギリのラインを攻めています」  このギリギリの価格に、足繁く通う客からは「家でつくるより日高屋で食べたほうが安い」という声が聞こえる。  出店した際、「ようやく来てくれた」と言ってくれる客も多いそうだ。宇都宮に出店した時もある客に、「昔は東京にいてよく食べてたんだけど、定年して宇都宮に帰ってきて、日高屋が近くになかったんだよ」と感謝された。

 「それを聞いて、私たちは本当にインフラになれてきたんじゃないかとうれしかったですね。地域になくてはならない存在になっていきたいというのが、我々の目標ですから」  最近では、閉店したコンビニ跡地への出店も増えている。地域から消えた灯を、日高屋が再び灯す。すると「治安が改善した」という安心の声が届く。同時に、1店舗で30〜35人の雇用も創出している。  成長分配金という従業員への還元、低価格・雇用・明るさという地域への還元、そして継続的成長という未来への還元。これらすべてが「分かち合う資本主義」の本質なのだ。

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