氷を曲げると電気が生まれることが判明、長年の謎だった雷の発生メカニズムを解明する糸口になる可能性
スペインのカタルーニャ・ナノ科学ナノ技術研究所(ICN2)、中国の西安交通大学、アメリカのストーニーブルック大学からなる国際共同研究チームが、ごく普通の氷が「フレキソエレクトリック効果」を持つことを世界で初めて明らかにしました。これはつまり、氷には曲げると電気が発生する性質があることを意味します。
Flexoelectricity and surface ferroelectricity of water ice | Nature Physics
https://www.nature.com/articles/s41567-025-02995-6Scientists find that ice generates electricity when bent
https://phys.org/news/2025-09-scientists-ice-generates-electricity-bent.html物質に力を加えて電気を発生させる現象として「圧電効果」がよく知られています。これは水晶などの特定の物質に圧力を加えると電荷が生じるという現象で、身近なところではライターの着火石などに利用されています。
by OiMax
そして、フレキソエレクトリック効果は材料を変形させることで電気分極を誘起させる現象です。水分子(H2O)は電気的な偏り(極性)を持ちますが、私たちが普段目にする氷の結晶は全体としてその極性を打ち消し合う構造となっているため、圧力をかけても電気を発生させる圧電効果を示しません。一方で、フレキソエレクトリック効果は物質の対称性によらないので、どのような物質にも普遍的に起こり得ます。研究チームは、この点に着目し、これまで知られていなかった氷のフレキソエレクトリック効果を測定するための実験を行いました。
研究チームはまず、超純水を金または白金でコーティングしたアルミニウム箔2枚の間に挟み、約-20℃(253K)で凍らせることで、厚さ1.8mmから2.2mmほどの「氷コンデンサ」を作製しました。そして、この氷コンデンサを動的粘弾性測定装置(DMA)に設置し、三点曲げによって周期的な変形を与えました。
このとき、中央部分のたわみ(変形量)を変位センサーで、曲げによって発生した微小な電荷をチャージアンプで増幅して測定し、両者をオシロスコープで同期記録しました。このデータから、氷の曲がりの度合いと、それによって生じた電気的な分極の関係を解析しました。曲げによる電気の発生しやすさを示す指標であるフレキソエレクトリック係数を算出したところ、氷のフレキソエレクトリック係数はセンサーなどにも使われるセラミックスに匹敵する数値であることがわかりました。さらに248K(-25℃)より高い温度になると、氷の表面が完全に溶ける融点よりも低い温度で液体のような性質を持つ「疑似液体層(QLL)」が現れ始め、フレキソエレクトリック効果が急激に強まるとともに、氷が変形しやすくなる様子が捉えられました。 また、温度を203K(-70℃)以下に下げると、フレキソエレクトリック効果が再び上昇し始め、約160K(-113℃)でピークを示しました。研究の共著者でICN2の研究者であるウェン・ジン氏は「私たちは、氷が-113℃以下の温度で、その表面に強い強誘電性の層を持つことを発見しました」と説明しています。
強誘電性とは、外部から電場をかけなくても自発的に電気的な分極を持ち、その向きを外部電場で反転させることができる性質です。通常、氷の内部は強誘電性を示しませんが、この現象は氷の表面数10ナノメートルのごく薄い表層でのみ起こる「表面強誘電性」であると研究チームは結論付けました。 その後、研究チームは電極の金属を変更して検証を行いましたが、やはり氷の表面に強誘電性が誘起されていることが強く示唆されたとのこと。研究チームはこのことから、氷が-70℃以下という低温下では強誘電性、-25℃以上の温度下ではフレキソエレクトリック効果という2つの異なる方法で電気を発生させうると論じています。
この研究成果から得られる知見の一つが、雷の発生メカニズムです。雷雲の中では小さな氷の粒子が衝突を繰り返すことで電荷が分離し、雷放電に至る巨大な電位差が生じると考えられています。しかし、圧電性を持たない氷がなぜ衝突によって帯電するのかは長年の謎でした。 研究チームは雲の中で起こる氷の粒の衝突をモデル化し、フレキソエレクトリック効果によって発生する電荷量を計算しました。その結果、衝突時に氷の粒が大きく変形し、大きな電位差を発生させることがわかりました。 以下の図の左側は、あられ(Graupel)と氷の粒子(Ice)の衝突を描いた模式図。衝突によって電荷の分離が起こり、あられはマイナスに、氷の粒子はプラスに耐電します。中央は衝突の瞬間にフレキソエレクトリック効果によって生じる電位差をシミュレーションした結果で、右のグラフではシミュレーションの予測値(ピンク色)と過去の実験データ(点)を比較しています。研究チームは、予測値が過去の実験で報告されている衝突あたりの電荷移動量と「非常によく一致した」と報告し、「私たちの研究結果から、フレキソエレクトリック効果で雷を引き起こすメカニズムを説明できる可能性が示唆されました」と述べました。
研究チームはまた、今回の発見を応用することで、寒冷地で氷を材料として発電素子を製造できるかもしれないという期待も寄せています。