「交渉の達人」のクシュナーも外交官の支えなしでは本領発揮できず…トランプ流「特使外交」は限界?(ニューズウィーク日本版)
ドナルド・トランプ米大統領の娘婿で特使として、外交交渉を担当するジャレッド・クシュナーは8月16日、イスラム組織ハマスの幹部ハリル・アル・ハイヤとテーブル越しに向き合った。次の日はガザ和平協議の再開を目指し、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談した。 【動画】ガザ和平案の可能性について会談するクシュナーとネタニヤフ首相 それはちょうど、彼が担当したアメリカとイランの暫定合意による60日の交渉期限が終了した日だった。 アメリカとイランの隔たりは合意締結時よりも広がっており、「交渉の達人」としてのクシュナーの評判を裏切る結果となっている。 クシュナーは、大統領から国際問題を任された素人の身内にすぎないとして、軽視されがちだ。だが2018年、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の交渉を支援し、20年にはイスラエルとアラブ諸国の国交正常化を実現した「アブラハム合意」の成立にも重要な役割を果たした。 昨年にはガザをめぐる交渉で、スティーブ・ウィトコフ特使と共に、最初の停戦と人質解放の合意成立に貢献した。 これこそトランプが好む外交スタイルだ。大統領の特使は、組織間の交渉を個人間のやりとりに変え、煩雑な手続きを一気に突破する。 18年に外交専門誌に発表された研究によれば、25年間に世界各国の政府が任命した特使約650人の活動を分析したところ、複雑な交渉における特使の最大の強みは柔軟性にあることが分かった。ただし、強力な外交組織の後ろ盾があってこそ、特使は成果を上げることができるという。トランプ政権下では、その外交組織が崩れかけている。
外交分野の職員組合であるアメリカ外交協会(AFSA)によれば、8月10日時点で世界の大使や外交官ポストのほぼ半数が空席になっている。国務省の人員削減に伴い、外交官や職員200人以上が解雇されたという。 外交官には、クシュナーのような柔軟性や取引をまとめる権限はないかもしれない。だが彼らは組織として蓄積した知識と経験を継承し、現地の政治情勢を読み解き、政府機関を調整し、合意の土台となる人間関係を維持している。 何より重要なのは、クシュナーのような交渉役が署名を取り付けた後、その構想が確実に政策として実行されるようにすることだ。 クシュナーの過去の成功は、当事者双方に、合意に向けた強力な経済・安全保障上の動機があったからだ。だがガザ、イラン、ウクライナの場合は話が違う。最終決着のイメージが当事者間で根本的に食い違っており、戦争を継続させる強い動機がある。 外交の真価は、まさにこのような場面で発揮される。すなわち対話の窓口を維持し、妥協案を模索し、合意を継続させることだ。 AFSAが昨年8〜9月にアメリカの外交官2100人以上を対象にした調査では、86%が国務省の職員削減によって外交上の優先課題を推進する能力が損なわれたと回答。98%が士気の低下を訴えた。 クシュナーには敵対する当事者を集め、合意成立まで持ち込む力があるかもしれない。だが彼が去った後も、その合意を維持するためには、健全な外交組織が必要だ。
デービッド・アベア