若者〈転勤本気でイヤだ〉、企業に危機感「辞令1枚で行ってもらえるとは思っていない」手当最大100万円も…会社が一方的に「働く場所」を決める時代に転機(読売新聞オンライン)

 武田は2023年にNHKを退局し、フリーに転身した。NHK時代は、熊本放送局を振り出しに、東京、沖縄、大阪など5度の転勤を経験した。様々な出会いを得る一方で、単身赴任生活は計3年間になった。「転勤は人生を豊かにしてくれたが、組織の一員として悲哀も感じた」と明かす。

 共働き世帯が当たり前となり、リモートワークの普及も進む。会社が一方的に「働く場所」を決める時代は転機を迎えつつある。

 1990年にNHKに入局した武田。初任地の熊本放送局時代に、高校の同級生だった妻と結婚した。最初の松山放送局への転勤時、妻は地元紙を退職して同行してくれた。

 5度の転勤では、社宅で同僚家族とバーベキューを楽しみ、地域の人から「テレビ見たよ」と声をかけられた。「地方勤務を嫌だと感じたことはなく、人生の財産だと思っている」と振り返る。

 一方で、子どもが転校を迫られるなど「家族が築いてきた学校や地域とのつながりが断たれることは心の重荷になった」。

 大阪放送局時代は2年間の単身赴任生活を送った。その際大阪市内でふとみかけた看板が忘れられない。

 「Why are you here?(なぜここにいるのか)」と書かれていた。「『なぜ』と言われても、会社の命令だよ」。そうつぶやいた後、涙が出そうになったという。

 その心境を「知らない町での偶然の出会いは人生の楽しみでもあるが、サラリーマン人生の不条理でもある。そんな思いがこみ上げてきて」と説明する。

 アナウンスの現場を離れ、管理職に専念する時期が間近に迫っていたこともあり、大阪勤務を最後に独立した。


Page 2

 武田の転勤歴は、NHKでは少ない方だという。同僚には十数回転勤した者もいた。「若い頃は自分のキャリアだけを見ていればよかったが、家族みんなが納得して異動するのはハードルが高い」と感じている。

 転勤制度は高度経済成長期以降、日本企業の人材育成や全国展開を支えてきた。各地で経験を積み、会社の文化やノウハウを共有する。長期雇用を前提に幹部候補を育てる日本型雇用の「潤滑油」でもあった。

 マイナビ(東京)が今年行った調査では、転職希望者の68・8%が「転勤のある会社で働きたくない」と答えた。前年から3・5ポイント増えた。20歳代では76%に上る。東京商工リサーチの昨年の調査でも大企業の38%が転勤を理由とした退職を経験していた。

 現場に人がいなければ事業は回らない。危機感を強めた企業が転勤制度の再設計に乗り出した。

 大成建設法務部の竹下匠(30)は昨年11月の給与口座を見て驚いた。賞与でもないのに、会社からの振込額が前月の倍以上になっていたからだ。この月、長野県から東京・新宿の本社へ、家族連れで異動し、「破格」の転勤手当が支給されていた。

 竹下は「これだけインパクトがあれば、家族も異動にネガティブな気持ちになりにくい」と話す。

 大成建設は昨年7月、転居を伴う異動を対象に最大100万円の転勤手当を新設した。異動先までの距離と家族帯同の有無で金額を決め、引っ越し代などとは別に支給する。人事部の緒方文香(38)は「人事部側の提案を経営層が押し戻す形で金額が上がっていった」と明かす。

 全国転勤を事実上、廃止したのは青山商事だ。2018年に「全国」「エリア限定」「転居なし」と3種類の社員区分を導入した。「転居なし」を選ぶ社員が導入時の3割程度から5割に増え、今年7月から「エリア限定」「転居なし」の2区分に改めた。人事部長の則包(のりかね)淳一(50)は「地域で人を採用し、育て、輝いてもらう発想に変える」と話す。


Page 3

 売上高の約8割を海外が占めるクボタは、コロナ禍を機に、管理職に月1回、部下と1対1での面談を求めている。腹を割って話す機会が増えれば、納得感も高まる。人財開発部長の谷口慶太(51)は「辞令1枚で行ってもらえる時代とは思っていない」と話す。

 転勤を研究する京都産業大教授の藤野敦子(59)は「日本の転勤制度は家族に負担を甘受させることで成り立ってきた。専業主婦世帯が主流の時代はうまく回ったが、女性の社会進出が進み、前提が崩れた。最近は若い世代が本気で『嫌だ』と言い始めており、転勤見直しの流れは止まらない」と指摘する。(敬称略)

 転勤は、高度成長期には、企業、社員、地域のそれぞれにメリットのある制度だった。企業は全国に拡大した工場や支店で経験を積ませることで人材を育成し、社員も昇進や昇給を重ねた。各地に社宅が建設され、地域も活性化した。

 ただ、専業主婦世帯に依存してきたシステムの土台は揺らいでいる。内閣府によると、共働き世帯は1990年代に専業主婦世帯を逆転。2025年は1254万世帯で専業主婦世帯の3・5倍に上る。

 共働き世帯では女性がキャリアを断念するケースも多い。夫の転勤に同行する女性らのコミュニティー「キノコム」の山口由香子代表は、「転勤族の妻が離職すると、再就職時に『長く働けないね』とみられ不利になる。会社が妻の再就職を支援するなど対応が必要ではないか」と訴える。

 リクルートワークス研究所が24年に日米欧中の正社員に行った調査では、「本人の同意なしで転居を伴う勤務地変更がある」と答えた割合は、日本の24%が最も高く、米国11・7%、フランス10・2%と突出ぶりが浮かぶ。

 同研究所の萩原牧子主幹研究員は、「他国は会社からの打診でも本人の同意を得て異動を決めている。日本型雇用は、働く場所や労働時間が『無限定』な人材を会社が一括で管理してきたが、時代に合っていない。異動が必要な場合は理由や『いつまでか』を丁寧に説明し、個人の同意を得た上で人を動かしていくことが一層求められる」とする。

関連記事: