「常識をわきまえている政党だけを集めて国の統治に当たらせようとする考え方は危うい幻想だ」
Photo: Owen Franken/ Getty Images
Text by Thomas Piketty
結論から言ってしまおう。中道政党だけを集めて新たな連立政権を組もうとするやり方を続けているかぎり、フランスがいま陥っている政治の危機から抜け出すことはできない。いわゆる「常識をわきまえている政党」だけを集めて国の統治に当たらせようとする考え方は危うい幻想なのだ。 ここで言っているのは、中道左派の「社会党」から中道右派の「共和党」までを結集して政権を担わせ、「急進的な政党」である左派の「不服従のフランス」や右派の「国民連合」を政権から排除する考え方のことである。 そんなやり方をしていても、失望が重なっていくだけだ。その結果、問題となっている急進政党をさらに伸長させてしまう。
まず言っておきたいのは、「常識をわきまえている人たち」だけを集めて連立政権を作ると、まるで「恵まれている人たち」だけを集めて作った連立政権にそっくりになってしまうことだ。いまは民主主義の危機を切り抜けようとしているときなのだ。庶民階級をまるごと政府から排除するのは、絶対にやってはいけない。
また、代議制民主主義は、はっきりとした政権交代があってこそ、ちゃんと機能する制度なのだとも付け加えたい。
左派と右派が対立する二極化の状態は、理想的な政権交代をもたらせるのがその強みなのである。社会や経済のさまざまな利害関係を基盤にした左派と右派という二つの政党連合が、未来のビジョンで対立しつつも、政権を交代で担っていく。
有権者からみれば、それは自分の意見が決めやすく、投票先も選びやすい仕組みであり、それが民主制自体への信頼を高めてきた。
20世紀に民主主義が強固になっていったのは、このような理想的な政治モデルがあったからだ。だから、これから民主主義が崩壊していくのを防ぎたいなら、左派と右派が対立する二極化の状態をもう一度、作り直していかなければならない。
とはいえ、どうすれば、そこにたどりつけるのか。米国や英国のように、投票は1回だけで、そのときの投票で最多得票数を得た人が勝利する選挙方式の国々では、何もしなくても自然と
二極化の状態になることが多い。
しかし、二極化になるなら、何だっていいというわけでもない。
英国では、保守党に代わって労働党が政権を握ったが、新しい労働党政権の政策は弱腰のものばかりで、すでに不信の念を抱く人も出てきている。そもそも労働党が選挙で勝てたのは、右派の内部の激しい対立が原因であり、労働党の得票率が大幅に上昇したわけではないのだ。
米国に目を転じると、二極化の構造が逆さまになっている。民主党が富の再分配をあきらめてしまい、この数十年で、すっかり高学歴者のための政党、それどころか高所得者のための政党に変貌を遂げてしまったからだ。
共和党はいまも実業界からの支持が根強くあるが、自由貿易のドグマや、エリートや都会人向きのリベラルなグローバル化から決別することで、あまりコストをかけずに庶民階級の票を集められるようになっている。庶民階級は、自由貿易やグローバル化を推進してきたのは民主党だとみなしているわけだ。
はたしてこの米国の二極化の構造が、もう一度ひっくり返ることはあるのか。それは未来を待たなければわからない。ただ、確実に言えるのは、それが起きるには、民主党の大きな方針転換が必要だということだ。 民主主義の国では、恵まれている階層と恵まれていない階層の両方から、多くの票を集めるのは不可能なのだ。民主党が社会正義の政党に戻りたいならば、恵まれている階層から得ている票を失う覚悟で、富を再分配する政策を精力的に提言していかなければならない。
その際、大都市圏で暮らす庶民階級だけでなく、地方の小都市や農村部の庶民階級の要望にも耳を傾けなければならない。たとえば学生ローンの減免だけをめざすのはよくない。住宅や小商いのために借金をした人たちの要望にも耳を傾ける必要がある。
フランスの場合、問題の事情が少し異なる。フランスの左派はいまも活力を保っているが、小都市や村落の庶民階級の票を失ったのが特徴なのである。要するに、貿易自由化、産業空洞化、公共サービスの削減に見舞われて大打撃を受けた地域で票を失ったわけだ。
(フランスで左派政権が発足した)1981年のとき、左派は、どの規模の自治体でも、庶民階級の得票率は同じ程度だった。ところが、ここ数十年で、庶民階級のなかに、これまでの100年間には見られなかった地理的な溝が生じている。都市部の庶民階級が、いまも左派政党に投票するのに対し、農村部の庶民階級は「国民連合」に投票するようになったのだ。
この地理的な断層が生じたことで成立したのが、いまのフランスの三極化の状況だ。庶民階級が都市部(左派)と農村部(右派)に分裂したのを利用して、客観的に見て非常に恵まれている中道派が、国の統治を担当してきたのだ。
この三極化の状況を抜け出すために役に立つのが大統領選だ。大統領選の決選投票である第2回投票では、諸勢力を結集させようとする力が働く。だから、左右二極化の状態を改めて作り出す過程もスピードアップできるのだ。だが、それだけでは不充分だ。それぞれの政党の内部や、支持者の間で、抜本的な取り組みをしていく必要もある。
左派の諸政党に関していえば、討議を通じて政党間の争いに民主主義的に決着をつける方法を学ばなければならない。まずは(2024年の議会下院選で成立した)左派連合「新人民戦線」で、投票による方針決定ができるようにすべきだ。
まずは「新人民戦線」に属する代議士たちで投票をして、その後、左派の有権者も直接参加できる投票を実施すればいい。最優先すべきは、左派の諸政党が、それぞれの支持母体から離れ、フランス国内のすべての庶民階級の要望に向きあい、すべての庶民階級を結集できるようにすることだ。
とくに「不服従のフランス」は謙虚になって、単純な事実を受け入れるべきだ。それは「不服従のフランス」を支持する有権者層がいるのは事実だが、フランス全体で見れば、その有権者は少数派であり、このままでは同党の候補者が大統領選の決選投票で勝つ見込みがまったくないことだ。
右派の諸政党に関して言えば、共和党やマクロン政権に参画する右派の諸派閥は、「国民連合」と組んで議会の多数派となれる連立政権を作らなければならない。この協力関係は、すでに「移民規制」法の採決のときだけでなく、それ以外の法案(建物の不法占拠を規制する法案など)でも実現している。
そろそろ右派の諸政党がオープンに連合を作るべきときなのだ。そうしなくても、遅かれ早かれ、選挙の結果、そうせざるをえなくなるだけの話だ。
右派の政党連合が成立すれば、政権与党となった「国民連合」は、いまのように安易な主張をすることができなくなるだろう。当然、経済や財政に関する主張も、いまより右寄りになっていくに違いない。そうなれば、フランスには再び左右二極化の状態が出現する。
確実に言えるのは、「不服従のフランス」と「国民連合」をシステムから排除し続けるのは不健全だということだ。「不服従のフランス」は、左派の政党連合のなかに、「国民連合」は、右派の政党連合のなかに、自分たちの位置を見出し、権力の運用という試練にさらされなければならない。そうしなければ、フランスがいまの民主主義の危機から抜け出すことはない。