【中国ウオッチ】習派トリオ、全員失脚◇軍内福建閥の主要メンバー:時事ドットコム

 中国軍で習近平国家主席派の有力者を多数輩出してきた東部戦区の司令官が政治的に粛清されたようだ。これで、同戦区の前司令官だった制服組ナンバー2らを含め、軍内習派の中核を成す福建閥の主要メンバー3人は全員失脚したことになる。(時事通信解説委員 西村哲也)

 中国で国慶節(建国記念日)前日の9月30日は、共産党による革命や戦争の殉難者を追悼する「烈士記念日」。抗日戦争(日中戦争)などの歴史教育・宣伝を強化する習政権下で制定された。当日は各地で式典が行われ、現地の党・政府・軍などの指導者が出席する。

 江蘇省の省都・南京市でも同記念日に式典があり、同省の党委員会書記らが参加したが、現地の公式報道が挙げた出席者の中に軍の東部戦区司令官と政治委員の名前はなかった。全国5戦区の首脳が必ずこの式典に出るわけではないが、東部戦区の林向陽司令官と劉青松政治委員は昨年まで出席していた。

 今年の出席者は「東部戦区指導者」と報じられており、戦区の副司令官などが参加したとみられる。両首脳は反腐敗闘争の標的となって失脚したとみられる。林氏については、春ごろから異変説が流れていた。

習氏側近人脈を徹底粛清

 東部戦区は旧南京軍区で、江蘇、福建の両省や上海市などを管轄。台湾関係の作戦で中心的役割を担う。さらに、軍内の習派は南京軍区に属していた旧第31集団軍(福建省)の出身者が多いことから、東部戦区は政治的にも非常に重要だ。習氏はかつて福建省で長く勤務したので、第31集団軍に人脈があったといわれる。

 林氏も第31集団軍出身。東部戦区副司令官や中部戦区司令官を経て、2022年に東部戦区司令官となった。同司令官の前任者は中央軍事委副主席で制服組ナンバー2の何衛東氏。何氏は第31集団軍の副軍長などを務めた。林氏はいずれ、何氏と同様に中央軍事委入りして、軍全体の首脳である副主席に就任する可能性があった。

 ところが、同じく第31集団軍出身で、軍政治工作部主任(中央軍事委員)として人事を牛耳っていた習氏側近の苗華氏が昨年11月、停職処分を受けた。その後、何氏も今年3月の全国人民代表大会(全人代=国会)閉幕後、公の場に全く現われなくなり、失脚が確実。軍内の福建閥を取りまとめていた苗氏が打倒されたことで、その人脈が徹底的に粛清されていると思われる。

 なお、林氏と共に南京の式典を欠席した劉青松氏は福建閥ではないが、東部戦区で何氏が司令官、林氏が副司令官だった時期に副政治委員を務めていた。

 また、四川省の省都・成都市で行われた烈士記念日式典でも、昨年と違って、西部戦区の汪海江司令官が出席しなかった。汪氏は西北地方の勤務が長く、福建閥でも東部戦区人脈でもないが、苗氏が人事を握っていた時期に抜てきされたというだけでも粛清対象になっているのかもしれない。

 苗氏は既に中央軍事委員などを解任されたが、中国本土のSNSで苗氏の「人事腐敗」を糾弾する文章が公然と出回っており、さらに厳しい処文を受けることになりそうだ。

国連総会、異例の欠席

 中央軍事委主席としての権勢に衰えが目立つ習氏だが、外交面でも異変があった。9月9日に開幕した国連総会に習氏ではなく、李強首相が出席したのだ。

 中国国家主席は国連創設50年の1995年以降、同60年、70年の国連総会にすべて参加して、存在感を示してきた。筆者は北京特派員だった95年、江沢民国家主席(当時)のニューヨーク訪問を取材したが、中国外務省は現地で記者会見のほかに、江氏が泊まったホテル内で日本記者団向けのブリーフィングまで行うという力の入れようだった。

 今年も国連創設80年の節目の年。しかも、習氏は今回、国連総会に合わせて開かれた気候サミットにビデオメッセージを寄せ、自国の新たな温室効果ガス削減目標を発表している。習氏自身がニューヨーク入りして新目標を発表すれば、環境保護に後ろ向きなトランプ米大統領とは対照的な中国の積極姿勢を直接アピールできるところだったのに、見送ったのは、なおさら不可解だ。

 習氏は、7月にブラジルのリオデジャネイロで開催された新興国グループ「BRICS」首脳会議にも出ず、代わりに李氏を派遣した。習氏の同首脳会議欠席は初めてだった。BRICSと国連はいずれも中国が主なメンバーになっている国際組織だが、習氏はその重要会議出席を続けて見送った。

 「習氏の権力基盤は盤石なので、高齢(72歳)という事情も考慮して、指導部内で分業している」との説があるが、国内では高山病のリスクを冒してまでチベット自治区の行事に参加しているので、説得力を欠く。

新外相任命できず

 外交関係人事では、政党外交を担当する党中央対外連絡部(中連部)の部長(閣僚級)交代という重要な異動が9月30日に公表された。7月末から公の場に姿を見せていなかった劉建超部長が退任。外交政策を主導する党中央外事工作委の主任でもある習氏の外交担当補佐官に当たる同委弁公室副主任(事務局次長に相当)から抜てきされたが、失脚が確定した。

 後任は、同じく習氏を補佐する党中央国家安全委弁公室副主任だった劉海星氏。外相候補ともいわれたが、事実上やや格下の中連部長に回った。2022年当時の筆頭外務次官から数えると、王毅外相の後任もしくはその候補合わせて4人が外相コースから外されたことになる。4人はいずれも習氏に重用されたベテラン外交官である。

 中国の対外政策部門は秦剛外相の解任後、党政治局員である王氏が中央外事工作委弁公室主任(事務局長に相当)と外相を兼ねて、突出した権限を掌握する変則的体制が2年以上続く。習氏はいまだに新外相を任命できず、中央外事工作委主任として本当に実権を持っているのかどうか、はっきりしない状況だ。

(2025年10月16日)

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