海図なき世界 多党化する政治 未来への責任共有する時
2大政治勢力が政権交代を目指す時代は終わり、本格的な多党化の局面に入った。そうした認識が強まっているにもかかわらず、政治は状況に対応できていない。
一つの解を求めようと、衆院予算委員会の与野党メンバーらが昨年9月、ドイツ、フランス両国の議会や財務省を視察した。多党化が進んでいる欧州で、与野党の合意形成や財政規律のあり方を学ぶためだった。
Advertisementしかし、目算は外れた。参加議員の一人は「ひと言で言えば『反面教師』だった。こうなってはいけないという例を見せられた思いがした。逆に日本はどうしているのかと、両国から聞かれた」と話す。排外主義的な主張を掲げる極右政党やポピュリズム勢力が台頭する欧州も、政治の混迷から抜け出す道筋を見いだせていない。
忘れられた人々の不満
多党化は、民意の多様化を反映しただけでなく、既成政党に対する有権者の不信感の表れだ。
2024年秋の衆院選に次いで昨夏の参院選でも、与党が大敗して過半数を割った。自民党をはじめとした既成政党が軒並み退潮し、参政党や国民民主党など右派層・保守層に軸足を置いた新興政党が躍進した。
背景には、グローバル化で格差が拡大し、富裕層がいっそう豊かになる一方で、政策的に置き去りにされた人々が不満を強めていることがある。
新興政党は交流サイト(SNS)などを通じて直接、そうした人々を引き付けるメッセージを届けた。中にはポピュリズム的な積極財政政策や排外的な主張もあるが、若者層を含めた人々を投票に向かわせ、選挙結果を動かした。
激動期を迎えた日本政治の現在地を、歴史に照らし考えてみる。
1955年、左右に分裂していた社会党の統一を受け、自由党と日本民主党の保守合同により自民党が結党された。「55年体制」の確立である。保守・革新の対立構図のもと自民の長期政権が続いた。だが、冷戦終結でイデオロギーの時代が幕を閉じ、リクルート事件など「政治とカネ」の問題が噴出したことで、93年に自民は政権の座から滑り落ち、38年間続いた体制は終わりを迎えた。
それでも自民は連立によって返り咲き、しぶとく政権を維持してきた。途中、約3年間の民主党政権時代を経て、12年以降は公明党の支えを得て、再び1強となる「新55年体制」を築いた。
しかし、支持基盤である業界団体などの利益を重視する政策運営では、低賃金や雇用不安などの問題に対処できなくなっている。企業・団体献金は透明性が不十分なまま存続し、派閥の裏金問題はいまだに全容が解明されず、「政治とカネ」をめぐる不祥事は後を絶たない。それらが党の退潮につながっている。
戦後、自民が中心となって維持してきた政治システムが対応能力を欠いているのは明らかだ。目先のことにきゅうきゅうとするのではなく、有権者の根本的な不信感に向き合う必要がある。
ポピュリズムを超えて
少数与党となった石破茂前政権は国会勢力の「数あわせ」のため野党との調整に苦しみ、高市早苗政権になってからは野党各党の要求を次々と取り入れ、予算を膨張させている。
バラマキやポピュリズムに流されない政治をどう実現するのか。
高齢化により社会保障費は増大し、高度成長期以降に整備されたインフラは老朽化して更新費用がかさんでいる。人口減少や低成長を前提に社会の仕組みを再構築する必要があるにもかかわらず、負担の軽減や給付で問題を覆い隠すばかりだ。政治家が痛みを伴う改革を語らなくなれば、責任ある政治はますます遠のいていく。
有権者も耳に心地よいだけで副作用を招きかねない政策と、不人気でも将来につながる政策を見極める必要がある。選挙公約だけでなく、政策の成果を評価し、次の投票で生かすサイクルを機能させることが求められている。時間と手間がかかっても民主主義のコストを惜しむべきではない。
多党化時代を迎え、各政党が未来への責任を共有することが不可欠だ。合意形成を急ぐあまり、プロセスをないがしろにし、国民に政策決定の経緯や意味が十分伝わらないような政治とは決別すべきだ。困難でもあきらめず、国民とともに新しい時代の答えを見つけなければならない。