コラム:上値余地は限定的か、通貨先物の取組状況から円高を読む=佐々木融氏
[東京 17日] - 2月8日の衆議院選挙で自民党が圧勝したことを受けて、日本時間9日朝はまず円売りが先行した。米ドル/円は一時157円台後半、ユーロ/円も186円台前半まで上昇し、日銀とニューヨーク連銀がレートチェックを行ったと思われる日以来の水準に達した。
もっとも、その後は一転して週央まで円買いの流れが優勢となった。また、ドルも弱い通貨となった。「中国が米国債の保有抑制を銀行に促した」との報道や、米国家経済会議(NEC)のハセット委員長が「雇用者数についてわずかな減少を想定しておくべき」と発言したこと、米消費者物価指数(CPI)の伸びが若干予想を下回ったことなどが影響した。先週一週間を通じてみると、主要通貨の中では円が独歩高となった一方、ドルが最弱通貨となった。この結果、ドル/円相場は12日に152.27円近辺まで下落した。今後はレートチェック後のボトムである152.10円を下抜けるかどうかが注目されるだろう。
先週の円上昇の動きに関しては、自民党が圧勝し、高市早苗政権の基盤が安定することにより、「野党の要求を受け入れ野放図な財政拡張政策をとる必要がなくなることから、事前の想定より財政規律が守られるのではないか」との思惑が背景にあるという見方が一般的のようだ。もちろん、実際にそうした要因があるのも事実だとは思うが、より大きく影響したのは短期筋による円売りポジションの買い戻しだったと考えられる。
シカゴ通貨先物市場(IMM)の取り組み状況は投機筋のポジション動向を反映するデータとしてよく参照される。実際にはこれらのポジションは氷山の一角でしかないと考えられるが、全体のセンチメントや傾向を見る上では参考になるので、ここ数週間のボラタイルな円相場の背景で何が起こっているのかを、IMMのデータの詳細を見ながら分析してみたい(IMMのポジションデータは毎週火曜日時点のもの)。
まず、非商業(投機)部門の取組状況をみると、日銀とニューヨーク連銀によるレートチェック(1月23日)があったと思われる時点前(1月20日時点)と比べると、2月10日までの3週間でネット円売り持ちポジションは0.3兆円程度縮小している。
次に投機的ポジションの円の取り組み状況について、ロング(円買い持ち)とショート(円売り持ち)を別々にみると、昨年後半から今年初にかけて円ロングも円ショートも規模が大きくなっている。ロングポジション、ショートポジションをネットでみると、2025年後半はネット円ロングが縮小することで円安が進んだように見えるのだが、実際には、円ロングが縮小したからではなく、円ショートが増加したことで、ポジションの傾きが減っていたことが分かる。
これは投機筋が円相場に対する注目の度合いを高め、かつ、「円高予想」、「円安予想」が拮抗していることを示唆している。こうした両サイドのポジションの膨らみが過去3週間の円相場の大きな変動の背景にあった可能性がある。
次に、投機的ポジションの中身について、「ヘッジファンド(Leveraged Funds)」と「アセットマネージャー」の個別の動きを見てみる。このデータからは、昨年後半から今年1月上旬にかけて円ショートポジションを増加させていたのは主にヘッジファンドだったことが分かる。つまり、昨年前半に円ロングを膨らませたのはアセットマネージャーで、このポジションがほぼ維持されたまま、昨年後半にヘッジファンドが円ショートを膨らませたということになる。
そして、過去3週間でヘッジファンドは円ショートポジションを0.4兆円程手仕舞った(円の買い戻し)ことが分かる。直近のポジションデータは先週火曜日時点のものだが、その後先週末までにさらに円高が進んでいるため、ヘッジファンドの円ショートポジションはさらに縮小している可能性が高い。過去10週間程度のドル/円相場とヘッジファンドのポジションの相関関係から推計すると、さらに0.4兆円ほど円が買い戻されて、ポジションはかなり小さくなっている可能性がある。こうしたポジションの分析からみると、さらなる円高進行の余地は限定的と言えるかもしれない。
今週は18日に特別国会が召集され、20日には高市早苗首相の施政方針演説が行われる。自民党大勝を受けて、本当に高市政権が思ったほど財政拡張路線を取らないかどうかはこれから判断されることになる。
加えて、25日には3月に任期を迎える日銀の野口旭審議委員の後任人事が提示されるとの報道も流れている。6月に任期を迎える中川審議委員の後任人事も同時に提示されるかもしれない。今後、日銀が淡々と利上げを行い、長期金利も現状水準が維持されることとなると、政府・日銀の利払い負担は加速度的に増加する。こうした中で、高市政権がどのような人事を行うかを市場は冷静にみることになるだろう。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*佐々木融氏は、ふくおかフィナンシャルグループのチーフ・ストラテジスト。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。2010年にマネージングディレクター就任、2015年から2023年11月まで同行市場調査本部長。23年12月から現職。著書に「弱い日本の強い円」、「ビッグマックと弱い円ができるまで」など。
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