「逆にラッキーだと思った」店に車ぶつけられたホルモン店主、顔を晒さず「AIイラスト」で探した理由
「晒さずに解決できたら、同じようにやってくれる人が出てくるんじゃないかと思ったんです」
静岡県浜松市で、卸と小売を手がけるホルモン専門店「ホルモンの店 岩田屋」。3代目で代表をつとめる廣野早欧理さん(48)は、今年7月、店の柱に車をぶつけられた。
店内の防犯カメラには、当事者とみられる男性客の姿が映っていた。それでも廣野さんは、その映像をSNSには出さなかった。代わりに使ったのは、AIで作ったイラスト。しかも顔の部分はカットした。
事故やトラブルが起きた際、被害者が相手の顔や映像をネットに公開し、「特定」を呼びかける光景は珍しくない。
しかし、廣野さんはそうした「晒し」とは別の道を選び、1カ月余りで相手にたどり着いた。なぜ顔を晒さなかったのか。そして、どうやって相手を見つけたのか。その経緯と思いを聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
7月22日昼前、店の入り口の柱に車がぶつかった。
廣野さんは衝突音を聞いたものの、柱にぶつかったとは思わず、外には出なかったという。その後、居合わせた客から「今帰った人がぶつけていた」と教えられた。
そのタイミングでほかに客はいなかった。レジの防犯カメラには男性客が映っており、この男性が当事者だろうと推測できた。
ただ、駐車場には防犯カメラがなく、車種もナンバーもわからない。警察も現場検証に訪れたが、相手をたどる有力な手がかりはなかった。
左からぶつけられてずれた柱、囲いを付けられた柱(いずれも廣野さん提供)
警察からは「最近はSNSで呼びかけたほうが早い」といったアドバイスもあったという。
廣野さんはその日の夜から、インスタグラムやフェイスブック、X、TikTokを使って情報提供を呼びかけた。
近隣から防犯カメラの映像提供も寄せられ、早い段階で、店に出入りする青いトラックの存在が浮かんだ。しかし、ナンバーは不鮮明で、特定には至らなかった。
岩田屋のXアカウントが情報提供を求めた投稿
呼びかけを続ける中で、廣野さんが守り続けたことがある。
防犯カメラの映像を、そのままSNSには出さないことだ。服装などの特徴だけを残してAIでイラスト化し、さらに顔の部分をカットした。投稿でも「当て逃げ犯」という言葉は使わず、「該当者」「気づかずに帰ったお客様」と書いた。
やがて、一般の人からドライブレコーダーの映像とともに「該当車両ではないか」という情報が寄せられた。
専門業者に依頼していた画像解析の結果と照らし合わせると、ナンバーに矛盾はなかった。車種も特定され、情報を受けた警察が動いた。
そして9月1日、男性は警察官とともに店を訪れた。
昨日、情報をご提供いただき、心より感謝いたします。 ご本人様より申告がありましたら、誠実な方には誠実に向き合い、不誠実な方には毅然とした態度で対応いたしますので、引き続きご協力のほどよろしくお願いいたします。 ※コメント欄へ直接情報を記載することはお控えください。 https://t.co/sTfDbUYEuk
— ホルモンの店 岩田屋 (@iwataya_1129) July 27, 2026
「トラックも無傷で、本人は警察から連絡が来るまで、本当にわかっていなかったみたいです。嘘をついている人って雰囲気でわかるじゃないですか。この人は本当に気づかなかったんだろうなって。『毎月ホルモンを買いに来ているから、これから来られなくなったらどうしよう』と言っていたくらいです」(廣野さん)
男性は謝罪し、画像解析の費用や柱の修理費、数日間の臨時休業による損害について、「全部しっかり保険でやってください」と応じたという。
店の呼びかけは大きな反響を呼び、フェイスブックやインスタグラム、TikTokでは、2000件を超える「いいね」がついた投稿もあった。
男性の知人たちも店の投稿を目にしていた。それでも、イラストの人物が男性だとは気づかなかったという。
修理中の様子(廣野さん提供)
廣野さんは以前から、SNSで誰かが「晒される」光景に胸を痛めてきた。
晒しは、ときにまったく関係のない人まで巻き込む。
2019年の常磐道あおり運転事件では、加害者の車に同乗していた、いわゆる「ガラケー女」だとされ、無関係の女性がネット上で誤って晒された。
女性の写真を「早く逮捕されるよう拡散お願いします」とフェイスブックに投稿した愛知県豊田市の市議(当時)に対し、東京地裁は33万円の賠償を命じた。
「被害者として、早く相手を見つけたい気持ちは理解できます。しかし、晒す方法を目にするたびに、嫌だなと思っていました。反対の立場だったら嫌でしょうって。
人間だって、間違いを正すチャンスはほしい。晒されると、家族や勤務先にも影響があり、人生ごと壊されてしまう。事故の責任を取れば、それ以上の制裁を受ける必要はないと思うのです」(廣野さん)
だからこそ、自分が被害に遭ったとき、最初に浮かんだのは意外な感情だった。
「逆にラッキーだなと思ったんです。これで晒さずに解決できたら、誰かが同じようにやってくれるんじゃないかって。普段はお店としてSNSをあまり使わないんですが、今回はフル活用しました」(廣野さん)
「柱にぶつかったことに気づかなかった」という男性の説明も、廣野さんには不自然に感じられなかった。
廣野さん自身、コンビニの駐車場でバックした際、止まっていた車にぶつけながら気づかなかった経験がある。子どもから「今お母さんがぶつけたよ」と言われて、初めて気づいたという。
ただ、「晒さない」という選択が、称賛ばかりを集めたわけではない。
コメント欄には「なぜ顔を出さないのか」「生ぬるい」「偽善者」「丁寧な言葉を使っているけど、犯人探しに執着している」といった批判も寄せられた。中には、柱の建て方や駐車場の整備にまで矛先を向けるものもあった。
「ネット私刑を避けるために晒さなかったのに、その選択でコメント欄の私刑に遭う。今思い返しても悲しい気持ちになります。一番晒したいと思ったのは、そういうコメントが来たときでした」(廣野さん)
インターネット上のトラブルにくわしく、「ガラケー女事件」でデマを流された女性の代理人もつとめた小沢一仁弁護士は、「晒し行為」には法的リスクがあると指摘する。
防犯カメラの映像であっても、撮影された人の姿をみだりに公開すれば、肖像権侵害となる可能性がある。また、映っている人物が実際の加害者でなければ、名誉権侵害の問題も生じ得るという。
「仮に加害者本人であっても、見た人が別人と誤解する可能性があります。人違いの情報が広がれば、間違われた人の精神的苦痛や、名誉回復のための手間や費用は相当なものになります。
被害者も、捜査機関に申告すれば法的制裁という目的は達成できるはずで、私的制裁はそれ自体が不法行為になり得ます。被害者なのに加害者になっては本末転倒です」
もちろん、被害が深刻であるほど、誰もが同じように振る舞えるわけではないだろう。
廣野さんの店も、事故によって臨時休業を強いられ、書き入れ時のBBQシーズンに大きな打撃を受けた。
それでも「晒す」ことなく踏みとどまれたのはなぜなのか。そう尋ねると、廣野さんは笑って、こう答えた。
「小さい頃から、相手の立場に立って考えなさいという教育を受けてきたんです。ただそれだけです」
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