水面に映った自分の顔に気絶 93歳がスタバで語った被爆の記憶
イベントで被爆体験を証言する大橋和子さん(右)と支援者の出山ひさ子さん=広島市東区のスターバックス広島駅北口店で2026年7月30日、佐藤賢二郎撮影
このまま、あの世にいっちゃあいけん(いくわけにはいかない)――。
その一念に突き動かされるように、93歳の女性が消そうとしても消えない記憶を語っている。
「生かされたことへの感謝」を口にする女性の熱意に打たれた人たちが伴走している。
12歳の少女が見た原爆
広島市の最高気温が35度を超えた7月30日、大橋和子さん=広島県廿日市市=は「スターバックスコーヒー広島駅北口店」に招かれた。
椅子に腰掛けた大橋さんの前に、小学生ら10人ほどが座る。あの日の自分と変わらない年ごろの瞳が自分を見つめる。
「12歳でした。戦争の渦に巻き込まれても、一生懸命生きていました」。大橋さんは語り始めた。
1945年8月6日午前8時15分、広島女子商業学校(現・広島翔洋高)1年生だった。
爆心地から1・5キロの場所で、空襲に備えて防火帯を築くため家屋を取り壊す「建物疎開」の作業が始まって間もなくだった。
「飛行機よ」。友人の声に、右腕をかざした。
閃光(せんこう)を感じた瞬間、空を見上げていた友人の姿を覚えている。
「非国民」とののしられ
大橋さんは吹き飛ばされて川岸にいた。迫る火炎。倒れていた人に足首をつかまれた。
振り払って逃げようとすると「非国民。それでも日本人か」とののしられた。
前を歩く女性がおんぶしていた赤ん坊は、首から…
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